【book2】
□月の流れを急かすとも1
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夏の太陽が白い校舎に反射する。
母さんたちが亡くなってから一年がたち、また、夏が来た。
今、生徒たちはうだる暑さの中、夏課外を受けている。
節電とかで夏休み中は設定温度が自由にきかないのだ。
そんななか、キンキンに部屋を冷やしているのはこの生徒会室くらいだろう。
「ん・・・昴、・・・・ぁん!」
「おい・・・あんま声出すんじゃねーよ・・・」
この部屋をこうして自由に使えるのも、生徒会役員だけの特権。
でなきゃ誰が生徒会なんて面倒な役割やるんだっつー話だ。
やることを済ませて、俺は自分の汗をふいてさっさと服を着る。
部屋の黒ソファに彼女はぐったりともたれたままだ。
そっちにむかって自分のタオルをポイッとなげやる。
「おい・・・さっさと服着ろよ。俺はもう職員室行かないといけないから、誰かに見られても知らねーぞ」
「職員室って・・また進路のこと?結局どうするの?1年生のころから俺はアメリカに行くってあんなに言ってたくせに」
「・・・関係ないだろ。」
そういって部屋の鍵を開ける。
「関係ないことない!なんでそんなに冷たいこと言うのよ・・・昴のばか!」
シャツで前を抑えただけの彼女を一瞥し、後ろ手でドアを閉めた。
もちろんカギは閉めていかない。
鞄をもって、職員室へ向かった。
あいつのいうとおり、どうせ進路のことだ。
俺はこの1年かけて、アメリカの高校を受けるのをやめることに決めたのだ。
教師たちは俺の決断に猛反対している。
それは父・平泉の教育理念に反しているのは明らかだから。
「あーあ・・・めんどくせえな」
職員室の前まで行って、くるりと踵を返す。
外は真っ青で、どこまでも広い空がひろがっている。
俺は、学校を出て駅に向かって歩き出した。
「あれ?昴兄ちゃんどうしたの?学校は?」
「ああ、もう終わり。昼飯、くったか?」
家に帰ると、りうと瑞貴だけだった。
「いま、大兄ちゃんがスーパーに買い物行ってる」
「買い物?昼飯の材料ならちゃんと冷蔵庫にそろってるのに・・・」
冷蔵庫をのぞき、食材を確認する。ゆでめんもあるし、焼きそばならすぐ作れそうだな。
「よし、昼飯つくるぞ。りう、手伝うだろ?」
「うん!!」
りうは、俺が料理するとき必ずそばにやってくる。
まあ兄弟の中で俺が一番料理がうまいんだから当然だ。
俺は俺で、りうにおいしいご飯が食べさせたくて、いろんな料理本を読み漁ってしまっている。
「あん、すべって均一に切れない・・・あいた!!」
「あ、ばか!怪我したのか?」
「ううん、つめ切っちゃっただけ」
「ったく、いいか?丸いものを切るときはまず側面をだな・・・」
夏休みの午後12時前、りうとふたり、ゆるゆると昼飯を作る。
・・・のんきだな、俺。
こんなことしてる自分に、少し笑えてくる。
これでも一応、去年の夏までは模試で一番をとるために、がりがり勉強してたんだけどな・・・
「何だ?昴帰ってたのか」
「兄貴、なに買いに行っていたんだ?昼飯ならもうつくったよ」
「ああ、悪い。ちょっとこれをな・・・」
兄貴の手元を見ると、それは菊の花だった。
生花と、わざわざ造花まで用意してある。
「今日、りうのお父さんとお母さんのところに行こうかと思ってるんだ」
「・・・ああ」
夏は、生花はすぐ痛む。
外に出していれば一日でドロドロだ。
だから、造花も別で供えるんだ。
ていうか、高校生がそんなとこまで気付くかフツー?
やっぱこの人は頭がいい。
頭の回転がいいから、いろんなところに気が付くんだ。
俺と違って、ひとの心の動きにも。
「はい、大兄ちゃん。このくらいで足りる?まだおかわりあるからね」
「おいしそうだな。ありがとうりう。手、怪我してないか?」
・・・見てたわけでもないのに、りうが怪我しそうになったことまでわかるなんて・・・
というか、ふたりのこのやりとり、やたら気になるのはなぜなんだ?
「おいしい?」
「うん、うまいよ。ありがとう」
いや、ほとんど作ったの俺だっつーの!
・・・そう思ってみている俺に気づいたのか、りうが俺の傍に来る。
「片づけも手伝うから、ね。」
上目づかいで見上げて、にっこりほほえむ・・・って。
コイツ、まだ小学校低学年のくせにわかってやがるな・・・。
なんやかんやで昼飯を終え、墓参りに出かける準備をする。
バスを降り、歩いて5分。
坂道を上っていくと、丘の上にある霊園に、おじさんのほうの実家のお墓が建てられている。
「すごーい、町がぜんぶ見えるね。これ、さくらの木?」
「そうだよ、あのね、あっちにちょっと広場があって気持ちいいんだよ。瑞貴、みてみる?」
「こら、ふたりとも、お墓まいり終わってからにしなさい。」
兄貴が備え付けのほうきで、墓におちていた葉っぱなんかを掃いていく。
俺はきれい好きだけども、その備え付けのほうきがすでに泥まみれで汚いので、さわらずに済むよう線香の準備にとりかかる。
庶民の墓は、こんなことまでしなくちゃならないのか・・・。
「準備、終わったぞ。花活けるから、葉を剥いてくれるか?」
「ああ・・・」
線香に火をつけ、りうと瑞貴にも少しずつ分けてやる。
瑞貴は火のついた線香がこわいようで、握るのをためらっているのを兄貴が手を添えてやっていたので、俺もそれにならって、りうの手を握って一緒にそなえてやる。
そして4人で手を合わせ、目をつむった。
「・・・・・・・」
おじさん、おばさん、りうは、うちで元気にやっています。
これからもずっと・・・。
だから、安心して。俺たちにまかせてください。
そう、心の中で祈って、目をあけると、とっくに目を開けた瑞貴がこっちを窺がっていた。
見ると、兄貴は声すら出していない、りうの小さな揺れる肩を両手でささえていた。
「・・・瑞貴、おいで」
俺は、きょとんとした顔の瑞貴を肩にかかえ、先に広場へと向かった。
「中等部の先生が、夏休み前に俺のとこに来たよ。昴を説得してくれって」
「・・・なんだよ、きいたのか」
泣き止んだりうを、兄貴が広場に連れてきた。
りうは兄貴の腕から降り、鳥に夢中になっている瑞貴のところに駆けていった。
「いいのか?アメリカ行かなくて。家のことは気にしなくていいんだぞ」
「・・・途中で帰ってきた人に言われたくないんだよ」
「ハハハ、それはそうか。
ただお前は俺よりも頭がいいから、周りの期待が高いっていうところは自覚もあるだろ?」
「・・・大学は学閥の関係で国立でなきゃいけないのかもしれないけど、いつか、むこうに行ってみたいっていう気持ちはある。
ただ今は、別に行きたいって思わないだけ。そのときは、兄貴が父さん説得してくれるだろ?」
「そう、か。
・・・・わかった。そのときは、俺が言ってやる。
・・・・ありがとう、昴。」
「・・・・」
ありがとうなんて、別に言ってほしくない。
俺は知ってる。
ずっとやってた剣道も空手も、代表選手に選ばれてたラグビーだって、こっちに帰ってから一切やっていない。
でも自分を犠牲にしてるなんて微塵も思ってないってことも、
本当に、家族を大事に思ってるのも分かる。
だから、俺も同じだよ。
今、大事にしたいものが
目の前にあるうちは
このままでいたいんだ。
高く昇っていた太陽が、目線の高さまでおりてきて、その色を変え始める。
兄貴が瑞貴をかかえ、俺はりうの手をにぎってバス停までの道を歩き出した。
・・・to be continue・・・