【book2】

□月の流れを急かすとも2
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「いってきます!」



「あ、いってらっしゃーい・・・」





海司が柔道着をもって出かけていく。


最近は初めての大きい試合にでるとかで、学校から帰るとすぐ練習に行ってしまう。





友達もみんな小さいころから習い事していて、バレエとか、ピアノとか、なんだかいつも忙しそうだ。




「りうちゃん、どうかした?」

「え?ううん・・・」




そら兄ちゃんは元からあんまり家にいない。
友達が多くて、いろんなところに遊びに行っているし、
昴兄ちゃんは部活こそしていないが、小さいころから通ってるサッカークラブの練習には今でも行っている。



「瑞貴、瑞貴はなんか習いたいのある?ピアノとか、英語とか」


「う〜ん・・・りうちゃんがいっしょならやる」

「そ、そう・・・?」




りうも、どうしても習い事がしたいとか、そういうことではない。

ただ、自分一人が何もしていない、みんなから取り残されている気持ちがするのだ。





「せめてもっと、家のお手伝いができるといいんだけどな・・・」




いま、自分がまかせられているのは簡単な掃除やごみだしくらい。

それだって毎日じゃあない。




大地や昴が帰ってくれば、そのお手伝いができる。




・・・その兄たちのしている仕事を、自分がひとりでできればいいのだけど。






「はやく、大きくなりたいな・・・ね、瑞貴?」






テレビの前でゆるりと過ごしている弟をみやる。





「あれ・・?瑞貴?からだだるいの?」


「ん・・・ちょっとひゅーひゅーする」





畳に横たわる瑞貴の胸に耳をあてると、たしかに苦しそうに息をしている。





「ど、どうしよう・・・熱はないよね?何か食べた?」


「わかんない・・・でもぼくだいじょうぶ・・・」





たしかに急にどうこうなる様子ではないかもしれないけど、このままで本当にいいのだろうか?

なにか薬?

それともお医者さん?



どうしよう・・・大兄ちゃんか昴兄ちゃんが帰ってくるまで待ってても大丈夫だろうか?




「と、とりあえずお布団もってくるから、まってて!」





二階の自分たちの部屋から、なんとか自分の布団をひっぱってくる。

途中階段から落ちそうになってふとんに一人ダイヴしたりして。




「よしっ!じゃあとりあえずここに寝て」

「ん・・・りうちゃん、なんかのみたい・・」

「お水?わかった!」




一応、ひとりで台所にたたないように言われているが、これくらいならよかろう。


「んっと・・・お水よりあったかいのがいいよね・・・」





やかん?

・・・・・。


ーーーーひとりで、台所にたったらーーーー







いや、でも瑞貴が苦しんでるんだもん!






白いやかんに水をなみなみとためて、火にかけた。



ヒューッという音がすれば、お湯が沸いた合図だが。










「・・・お、おもい・・・」




ここでなみなみ沸かしたことを後悔した。





身長が足りなくて、持ち上げても湯呑につぐ角度までもっていけないのだ。



プルプルしたまま何とか背伸びして、瑞貴の小さな湯呑にお湯を注いだ。





「はい、瑞貴、持ってきたよー・・・ってあれ?」




見ると、瑞貴はもう寝息をたてて眠っていた。


お湯を沸かすのにりうが思っているより時間がかかってしまったのだ。








だいじょうぶ、だよね・・・?









頼れるひとがいないことがこんなに不安だなんて。





そう思いながら、大地に電話して、早く帰ってきてくれるよう頼んだ。






「とにかく大兄ちゃんが帰ってくるまで、私がついてなきゃ・・・」






瑞貴の様子をじっと見ながら、兄たちが帰ってくるのを待った。





























「・・・、りう」




「ん・・・あ、大兄ちゃん・・?」




気付くと、もう外は暗くなっていて、リビングを見渡すと兄弟たちが帰ってきていた。




「あれ?瑞貴は?」



むくりと体を起こすとふとんに寝ていたのは自分だけで、瑞貴の姿はどこにもない。




みんなの様子から、特にたいしたことなかったのだろうか。


台所では、いつものように昴が料理している音が聞こえている。




「もう兄貴たちが病院連れてって、上でねてる。ったく、のんきだなおめーは」



「・・・・べつにのんきになんてしてないもん・・・」



「瑞貴の面倒くらいちゃんとみろよな、何もしてねーんだからりうは」





海司のセリフはいつもどおりのいじわるなんだけど、なんだかいつもよりもグッと胸に刺さる。

あんなに待っていたのに兄たちが帰ってきたのも知らずに、眠ってしまっていたのは事実だ。




「でも・・私だって怖かったんだから・・っく・・・」


「な、なんだよ泣くなよ!」








あんなに役に立ちたいと思っていたのに、全然何もできなくて。

確かに、海司の言うとおり。




自分のふがいなさというか、情けなさにがっかりして、


でも兄たちがいるという安心感に今は涙がでてしまう。





「海司。お前は何にもしてないだろう、まったく。


よしよし、大変だったなりう。ありがとう。


瑞貴は軽い風邪だって。薬飲んで寝てるから、もう大丈夫だよ。


りうは体は何ともないか?」




大地が、いつもみたいな優しい笑顔で頭をなでなでしてくれる。


息を詰まらせているので、りうはこくん、とうなずいて返事した。





「おい、飯食おうぜ。冷めるぞ」



昴が用意した夕食が、ずらりとテーブルに並べてある。

スープのいいにおいをかいで、ちょっと涙がひっこんだ。





ーーーたしかに、のんきかも私・・・。




兄たちのようになれるのはまだまだ先のようだ。













「泣き虫」


「なによ!海司のバカ!」

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