ダンボール戦機ウォーズ
□こ
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ものすごく警戒されている。
いや、怖がられているといった方が正しいか。
こっちとしてはただ事情を聞きたいだけなのに、半径3メートル以内に踏み込もうものなら4メートル距離を取られる。いや細かい数値までは分からないが大体そんな感じだ。
今まで生きてきて(といってもたかだか18年程度だが)敬遠されることはあっても怖がられるということは経験したことがなく、正直どう対処したものやら。
「…あの、」
「ひっ…。」
一声掛けただけで30センチ遠ざかる。自分はそんなに怖がられる要素を持っているのだろうか。
肩を竦め両手は胸の前で握り、まるで変質者に捕まったかのような脅えよう。当然僕は変質者ではないし、声を掛けてどうしようという気もない。
むしろあちらが侵入者の側なのだから、ここ__神威大門統合学園の職員として事情を聴取するのは至極当然な事だ。
とりあえず何もする気はないという事を伝えるため、片手に提げていたトランクを置いて両手をひらひらと振って見せる。
心なしか肩の力が抜けたのを見て、もう一度声を掛けた。
「何をそんなに怖がっているんですか。」
何かやましいことでも?と続ければ、また一歩後退りする、少女。
年の頃は、僕と同じくらいだろうか。あるいは一つか二つ下かもしれない。
「…聞きたい事があるのだが。少し来てくれないか。」
「…、……。」
「ん?」
ふるふると首が横に動いた。
同時に何事か呟いたようにも見えたので、念のため聞き直す。
少女は悩むように俯いて、それから恐る恐る僕を見た。
「あ、あの…。わたし、何にも知らないの、ですが…。」
「知らなくてもいい。警備員の目を盗み、どうやって学園内に侵入したのかということだけでも話してみろ。」
「その、何も、分からないんです。わたし、侵入者…なんですか?」
おろおろと視線をさ迷わせながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ少女に、今度はこっちが戸惑う番になる。
誤魔化しているのか、嘘をついているのか。しかしそれにしては芸が無い。
「…名前は。せめて何処から来た。」
「なまえ…。あ、阿妻、阿妻ことり、だったと思い…ます。
どこから…は…わからない、です。」
しゅんと項垂れる彼女の様子に、暫し唖然とする。自分の名前に『だったと思う』とはどういう事か。まさか偽名?だとしたら、彼女に"阿妻ことり"という名を与えた者がいるということになる。
けれども引っ掛かるのは、何処から来たのかわからない、という言動だ。真に受けて考えると、何らかの方法で学園内にワープしてきたとでも…
「あああ、あのっ…!」
振り絞ったかのような声に思考を遮られ我に帰った。
見れば、阿妻ことりはセーターの裾をぐっと握り、僕の目を真っ直ぐに見ている。少女の目は、高く澄みきった青空の様な色をしていた。
黙ったまま次の発言を待つ。
すると、ふにゃりと眉を下げて彼女は口を開いた。
「ここはどこ…ですか…?」
「………。」
それから、この阿妻ことりという少女が『記憶喪失』という状態になっていることを知ったのは、暫く経ってからのことである。
同時に、男性恐怖症であることも、日暮先生の見解から発覚したのであった。
(あらぁ、記憶喪失!それはかわいそうに、お家もどこか分からないんでしょう?真尋ちゃん、彼女をハーネスに置いてあげてちょうだい。記憶が戻るまで、こっちで面倒見てあげたいから。)
(分かりました。…ことり、そういうわけだ。よろしく。)
(は、はい!ええ、と、不束者ですが、よろしくお願いします!)
(あらぁ?うふふっ、こっちゃんは可愛いわね、気に入ったわ。
ジンちゃんも、彼女の面倒よろしくね。)
(はい。
阿妻さん、怖いだろうがよろしく。)
(よ、よろしくお願いします!
怖がらないように、がんばりますので!!)
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