dream

□そのままの君で
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ティーサロン『ブルーベル』。一日の中で一番人の出入りが賑やかになる昼間のこの店で仕事に追われていた名無しは、最後の客が店を出て行く様子を見送ると、はあぁ…と深い息を吐きながらカウンターに突っ伏した。

「つ、疲れた……」
「こんぐらいでへばってんのかよ」

このサロンで働き始めてだいぶ経つとはいえ、いつもより人が賑わい合う時間帯での仕事となるとやはり疲れはあるようで。カウンターに突っ伏したままそう呟いた彼女に、同じくこの店で働いている同僚のアレクは呆れたように声をかけた。
その声に少しだけ顔を上げた名無しは、じとりとアレクを睨み上げる。

「…仕方ないじゃない。アレクと私の体力を一緒にしないでよ」
「逆に、男の俺と同じ体力なのも勘弁だけどな」
「またそういうこと言う……」

名無しの恨み言に対していつものように軽口を返すアレクを見て、名無しはむぅと頬を膨らませると拗ねたようにそっぽを向いた。
その様子に小さく苦笑を漏らしたアレクは慣れた手つきで紅茶をつくると、それを彼女の座っているカウンターテーブルに運ぶ。

「……ん、この香りって」

ふわ、と漂ってきた香りに顔を上げると、黄金色の色合い綺麗な紅茶が名無しの前に置かれていた。

「マスカットティーだ。疲れたんならそれでも飲んどけ」
「ありがと…」

無愛想にそう言ったアレクの気遣いに嬉しくなった名無しだが、先程まで拗ねていたことを思い出して不貞腐れたようなそっけない返事を返しながら紅茶を口に運んだ。
口に含むと爽やかな甘みが喉を通り、名無しはほぅ、と息を吐く。

「…美味しい、」
「そりゃ良かった」

思わず顔を綻ばせてそう呟いた名無しを見てアレクはふ、と微笑を浮かべた。

「この時間からは客もあまり来ないだろうし、少し休憩するか」
「いいの?」
「今まで休憩取れなかったしな。少しぐらいならいいだろ」

普段はあまり言い出さないアレクの言葉に目を瞬かせる名無しを見て、アレクは笑って返すと名無しの隣に腰を下ろす。
この店で働き慣れているアレクも、どうやら先程までの賑わい具合は堪えたらしい。勿論、客が増えてくれるのは有り難いのだが、休憩をする間もなく二人で接客やサーブに追われていたのだから無理もないだろう。
名無しは小さく笑みをこぼした。

「お疲れ様、アレク」
「んー、………」
「…アレク?」

労いの言葉をかける名無しを横目に見たアレクは、何を思い浮かんだのか視線だけじゃなく顔も名無しの方へ向ける。その様子に首を傾げた名無しはどうしたの、と声をかけようとするが、ぐっとアレクの顔が近づいたかと思うとお互いの唇が触れ合ったことでその言葉は形を為すことなく消えていった。

「ん…美味い」
「あ、アレク!?まだ開店中でしょ…!?」
「誰もいねーんだし、別にいいだろ。それに、昼間に頑張った褒美ぐらい貰わねぇと」
「褒美って……」

いきなりのキスに顔を真っ赤に染めて叫ぶ名無しに平然とそう返したアレクは、頬を赤らめたまま俯く名無しの様子に目を細め、そっとその髪を梳くように撫でる。その手の感覚が心地良く、名無しはもっとこうしていたいと思いながら、彼の手の感覚に身を委ねていた。




そんなティーサロン『ブルーベル』での、ささやかなひと時。





end.
 

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