にっし

□07/19 渡辺理沙
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「りいさ。」

低めの声に、振り向いた。

タオルを首から下げた悠次郎がそこに居た。

片手にはコーラ、もう一つの手にはチャリ。

「悠次郎チャリ通なーん?」

「ん。駅までやけどな、」

悠次郎は家が遠いから帰宅部という話を聞いたことがある。

こんな田舎なので電車も3時間に一本とか。

本人は部活をやりたがっていた。

「りいさ、一緒帰る?」

「えー重いよ?」

「いやいや乗せるとは言うてないがな」

「乗せてよ。ウチこういうの夢やったん」

目だけで3ミリくらい笑って、悠次郎の自転車の荷台にまたがる。

彼はしゃーねーなぁ、とコーラを投げてきた。

ウチは自分より幾分大きい背中に捕まりながら、

ゆっくりと走りはじめた自転車に体を預けた。





りいさ、という独特のイントネーションが好きだった。

悠次郎だけが、理沙じゃなくてりいさ、と呼ぶ。

なんだかそこが可愛くて、名前を呼ばれる度に少し嬉しい。

やるせない気持ちはどこかへ行ってしまって、笑えてきた。

「ゆーうーじーろーうーのーあーほー!」

「ちょ、うっせうっせ!」

声を大にして叫んだ。

悠次郎は少しふらつきながら、それでもこぐ足をとめない。

「りーいーさーのーばーかー!」

「ちょ、あほやん!なに大声でさけんどんの恥ずかし」

「りいさが先やったんやろが。」

「んじゃお互い様やな」

通り過ぎる時に見える顔ぶれはおじいちゃんやおばあちゃんばかり。

なんだか自分が悩んでいたことも馬鹿らしくなってきて。

「あー。なんかね、ウチさ。」

悠次郎になら言ってもいい気がした。

「龍のこと好きかもしれん」

無言。

しばらくして、悠次郎はそうか、と呟いた。

背中で語る男なんて比喩で、いるはずもない。

悠次郎の背中を見ても、なにを考えているかはわかんなくて。

夕日が沈んだら星を見に行こ!とつなげてみるも、

龍と行かんか、あほが。なんて返される。

あー。なんか失敗したかも。

一人で星見るのもたまにはいいもんやろー。

なんて笑いながら呟いた。

もう悠次郎は何も言ってこなかった。




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