にっし

□07/20 岡島龍
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「龍!」

コンビニで買ったおでんを頬張りながら振り向く。

礼央が満面の笑みで、手を振って走ってきていた。

電灯が礼央の明るい色の髪の毛を照らす。

ご来店ありがとうございます。

俺はとびっきりの笑顔を作りながら

『お客様』への対応を試みた。

「おお、礼央。」

「一緒に行かん?塾。」

ええよ、と答えながら右耳からイヤホンを外す。

貴方は私のほんの一部しかしらない、と歌に入りはじめた

BZの声を止めると、俺たちは歩きはじめた。





礼央がいきなり塾の前の扉で立ち止まった。

「どうした?」

「…あ、いやなんか、聞き覚えのある声が聞こえた気がしたんやけど」

困ったように笑う礼央を押しのけて、扉に近づく。

……山田?

中から聞こえてくる佐野との会話に、思わず後ずさる。

なんで、いんねん。山田が。

扉の前で立ち尽くしていると、礼央が俺の肩を叩いた。

「どした、龍。大丈夫か?」

ハッとして横を向く。

ーえっと、困ったお客様への対応はー

「…いや、大丈夫やで。もしかしたら違うかもしれんしな」

上手く笑えたかはわからなかったけど、

俺なりには出来たつもりだった。

礼央は訝しげに俺を見る。

「…真綾のこと、嫌いなん?」

ドキ、と心臓が飛んだ気がした。

違う。嫌いなんじゃない。

俺は、怖がってるんだと思う。

みんなの中心の『岡島龍』の中に居る

ドロドロで汚い俺の心を見られることが。

「全然嫌いやない、むしろすき」

女っぽい乙女声で呟くと、礼央がきもいわおまえ、と笑う。

なんとか俺は『岡島龍』で居ることが出来たみたいだ。

礼央が扉を開ける。

キィイという扉の不快音も、

ニヤっと笑いながら指差す礼央の顔も、

俺の席の隣に座っているマネージャーの後ろ姿も、

振り向くその黒いセミロングも、

なんだか今日は好きになれそうだ、と思った。



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