にっし

□07/23 山田真綾
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『でさ、この間ウチ龍と野球練したんよ。』

嬉しそうに呟いた彩音の顔とか。

考えながらいちごオレをすすっていたのだけれど。

掴まれた腕が地味に痛くて。

あたしはついそこを抑えてしまった。

見られてる。全部。

泣いてたのも。ばれちゃったかなぁ。

「ー真綾と一回話がしたかったんよ」

今、目の前に。真剣な表情の龍が居る。

心臓がばくばくしそうだ。

濡れた髪とか。ジャージ姿とかに。

「…なんでさ。今日の昼。あんなこと?」

「別になんだってええやろ。」

「ええくない。理由があるんやろ?俺が、なんかしたんやろ?」

「龍は何もしとらん」

「じゃあなんで!」

声を荒げる龍はいつもの龍じゃなかった。

不安定な彼が。見え隠れしていた。

なんでって。言えるわけないじゃん。

嫉妬とか。…勝手に特別だって勘違いしてたとか。

痛い女じゃん。笑えるよね。いい迷惑だよね。

で勝手にキレられて無視されて。

龍、可哀想だよ。

あたしもそう思うよ。

「…真綾がわからん」

ため息をつく龍の顔をこれ以上見てられなくて。

あたしは扉に手をかけた。

「話終わりなら帰る。一人にして」

迷惑かけたくない。もういいの。

龍と話してると辛くなるの。

だからあたしは。一人でいいから。

そう思った時には。

その体は勢いよく扉に打ち付けられてて。

手をあたしより高い位置に置きながら。

腕を掴んですがるような目であたしを見る龍。

行かないで。って声が聞こえた気がした。

ーあ。そっか。

あたし。こうされるの望んでたんだ。

驚くほど冷静なあたしと龍の距離は10センチもなかった。

少し背の高い彼の顔を見上げる。

「ごめん」

なんて龍はあたしの腕を掴む手に力をこめる。

やだなぁ。龍悪くないじゃん。

でも。試してた。龍のこと。

今度は引き止めてくれるって。

昼みたいに見放したりしないって思ったから。

龍の優しさに縋り付いてた。

「あたしの方が、悪いんよ」

振り絞ったような声が出た。

「…特別だって、勘違いしてただけやから」

「特別!」

龍の声にびっくりして上を見た。

「っえ、え…っ…?」

「特別だーよ!真綾は、俺の。」

「でも…」

彩音と野球してたやん。

しかも二人で。

あたしの時は三人だったのに。

目を伏せたあたしの頭をゆっくり撫でると、

「真綾にしか言えんもん。」

なんて龍が笑った。

「…何が?」

「全部。俺が真綾にあげた言葉全部。

理沙とか、彩音とか、奈々にも。言えんこと。

全部真綾にしか言ってないことなんよ」

…理沙にも。彩音にも。

奈々ちゃん。にもー。

龍の言葉に目頭が熱くなった気がした。

「だから真綾は、特別!」

いつもみたいな、繕った笑顔じゃない。

本当の笑顔。嬉しそうに。楽しそうに。

ふはって。龍は笑うから。

その笑顔が好きだから。

知らないうちに涙が出てた。

「真綾!?」

「…ごめっ…嬉しく、て」

あたし。ちゃんと愛されてるじゃないか。

恋愛感情の好き、とか。よくわかんないけど。

そういうのじゃなくて。

彼はあたしのこと。しっかりと見ててくれたじゃないか。

「だから。また野球の練習付き合ってよ」

おまえ、ノーコンだけど。なんてつけたしながら、

龍がまたあたしの大好きな笑顔を浮かべた。

「…うん。ええよ」

小さく微笑む。

あたし。龍みたいに可愛く笑えないけど。

これは心からの笑顔だったよ。







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