にっし

□07/23 長谷川礼央
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野球部に入ったのは野球が好きだからとかじゃなくて。

幼馴染だった龍が入ったからだ。

俺はいつも輝いてる龍に引き寄せられるようについていった。

かといって龍みたいにみんなを笑わせる知識も

みんなを楽しませる話も持ってないから

野球部の中心じゃなくて、その輪の少し外側に浮かんだ。

クラスでもそうだ。

だから時々みんなの中心で笑っている龍を妬ましくも思った。

でもあいつは小学校の時と変わらずに俺と接してくれてる。






一年の夏の部活の時。

委員会に部活で遅れた時。

水道にボトルを持って行こうとした時。

そこに玲也と龍が居た。

俺は反射的に壁に隠れた。

玲也は俺のことが、嫌いだから。

「岡島ー!今日長谷川来んとー?」

「うぃーす、委員会みたいっス」

「お、そかそか。さんきゅーね」

名簿にチェックをつけながら、日陰に走って行く先輩の後ろ姿を見つつ、

玲也がニヤッと笑った。

「龍ってさ、礼央と仲いいよな」

ドクンと心臓が鳴った、気がした。

怖かった。その答えを龍の口から聞くのが。

玲也は質問したわけではないけど。

その言葉は確実に質問をしていた。

『なんでみんなの中心人物の一番の仲良しが端で浮いてるような奴なんだ』

玲也は、そう言ったのだ。

しばらくの無言。

ボトルに水をそそぐ音と風が葉を揺らす音。

先輩のでかい笑い声が耳をつんざく。

「…なんで?」

風に揺らされる今と変わってない短い黒髪。

後ろ姿だけだから顔は見えなかったけど、

龍の声は少し強張っていた。

「わからんの?」

今の言葉で、察しろよと言った風に玲也が笑う。

ああ、あの横顔、嫌いだ。

俺はその場から逃げようと足を動かそうとしたけど、

その答えを。知りたくないその答えを聞きたくて。

やっぱり足は動かなかった。

「…玲也は地味とか派手とか、端とか中心とか、そういうことで人を判断すっけど」

水道をきゅっと止める。

風の音もやんだ。先輩の声は聞こえなくなった。

「俺はそういうの関係ないと思う」

その言葉は、すべての音を通り抜けて、

しっかりと俺の耳にだけ。風を割くように届いた。

「え、でもさ、あいつおもろなくね」

足もおせぇし野球も下手。同じ左翼手とは思いたくねー。

玲也の低い声は、俺の心にゆっくりと染み込む。

玲也には憧れのモデルが居た。

そのモデルがコーヒーを好きだといえばコーヒーを飲んだし、

そのモデルが紅茶を嫌うといえば紅茶を飲まなくなった。

「…俺。紅茶すきやもん。」

「は?」

玲也のまぬけな声に、向き直る龍の横顔。

「みんなが紅茶嫌いでも、好きなもんは好きやもん。

嫌いになんかなれへんし。

そうゆうもんやないん?」

ニコ、と裏がないような笑顔。

「俺は、今までと変わらないで。」

ボトルの蓋をしめながら、玲也に背を向けて、

龍は日の当たるグラウンドへ駆けていった。

俺は動くことが出来なかった。

動かなかった。

グラウンドに滴る二、三滴の水を見つめながら。

俺は笑顔を作ることができなかった。







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