にっし

□07/23 山田真綾
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あたしが塾に入る前なのだから、当たり前だ。

ていうか龍が誰と一緒に野球の練習してようが

あたしには関係ないやんか。

強がってはみるけどやっぱり気持ちは楽にならなくて。

あの日の夜。

真綾と嬉しそうに呼んだ大きな口も

あたしがついてきてるか確認するように後ろを振り向く仕草も

話してくれた過去の話も



『…5日間一緒でいられんね』



最後にあたしの頭を撫でながら言ってくれたあの言葉も。

なんだか本気に捉えてた自分が馬鹿らしくなった。

あんなの、誰にでも言ってるんだ。

あたしが特別、だからじゃない。

現に彩音は龍と一緒に野球してるんだ。

…あたしの。自惚れだった。






「ーでな。超おもろかったんよ。あいつ、絶対意識しちょるよ」

何も聞きたくないあたしの耳は、彩音の言葉を拒んだ。

全然頭に入ってこない話の内容に頷きながら、

笑いを交えながら。

あたしは龍の顔だけを見てた。

…好きになったわけじゃない。

だから本気になる前にわかってよかった。

自分に言い聞かせながら。

あたしはゆっくりと目を閉じた。

彩音の低めの声も聞こえなくなって

ベンチからの掛け声もコーチの怒鳴り声も聞こえなくなって

風が葉の隙間を通り抜ける音だけがあたしの耳をすり抜ける。

やっぱり、遠い人だ。

拒絶された手の冷たさを思い出しながら目を開いた。

その時。

「吉田ァー!」

途端に響くコーチの怒号に、あたしと彩音は一斉にコーチを見た。

「吉田って…玲也のことやろ?」

彩音がぼそっと呟く。

コーチは目を細めながら玲也に手招きをしている。

「礼央も来い。」

「はっはい…!?っえ!?俺、すか?」

龍と同じチームの礼央は、龍が投げている間ベンチに居るので、

まさか呼び出しをされるとは思っていなかったようだ。

慌てて汗をぬぐうとコーチの元にかけ出した。

玲也は返事をしなかった。

コーチと、二人がなんの話をしているのかはよく聞こえなかった。

右翼手がいなくても試合は続いている。

ツモだけがベンチから玲也を見据えていた。






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