にっし

□07/23 岡島龍
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「はいフルハウス」

「!?」

目の前に出された五枚のカードに、

俺たちは唖然とした。いや、するしかなかった。

「嘘やろ…もう千尋、3勝目やん…」

「さすが都会っ子やな」

どこかずれたような言葉を発するサンちゃんをにらみながら

「こんなの別に簡単じゃん」

と呟く千尋が可愛かった。

さすが根南の頭脳。完敗です。

カードを集めつつ千尋の腕前に感心。

「でもぉ〜もーちょい手加減すっとかさぁ」

「敵に情けは無用」

「敵ィ?俺ら同じ部活のチームメイトやんか」

「そ、だけど。泰司は敵」

「なんやそれ!?」

またサンちゃんと千尋のお決まりコントが始まる。

サンちゃんを泰司、と名前で呼ぶのは千尋だけだ。

幼馴染だったらしい。いつもサンちゃんの側に千尋は居る。

幼馴染、か。

ふと思い浮かんだその単語。

ふいに隣をみてしまう。



『ねえ、暗いよ。怖いよ龍』

ー怖ない。ほら、俺がおるよ

『お母さん居ないよ。どうしよう、龍、怖いの』

ー泣くなって言うとるやろ。手出しぃ。



十年前くらい。

夏休み。一緒に行ったお祭りで親とはぐれてしまった時。

泣きじゃくる礼央の手を引いてひたすら歩いた。

あの時から。いやそれよりも、前から。

俺は何処かで礼央のことを守らなくてはいけないと思ってた。

まだ俺が『岡島龍』になる前の話だ。

でも。

ーこいつはもう俺の知ってる長谷川礼央じゃない。

体育館裏で練習する後ろ姿をみてそう思った。

いつも俺の後ろをついてきた。部活に入った動機も、俺が居るから。

中1のはじめに嬉しそうに『龍は俺のヒーローだから』と呟いたあの顔と

顔を歪めて練習に打ち込む今の顔は

全然、違う。礼央は成長したんだ。



でも、俺は?

『俺』が執着していた礼央はもう一人で歩いていける。

…じゃあ。俺ってなんなんだ。

うっすら真綾の顔が浮かんだ。






「龍?トランプ配ろうや」

サンちゃんの声に我に返る。

「っ」

「どした?龍具合悪いん?」

いつもみたいに薄くて太い眉を下げながら礼央が俺の顔を覗き込んだ。

危ない。

頭の中から『岡島龍』をひっ張り出す。

「大丈夫、大丈夫。ちょっとサンちゃんの出来なさにびっくりしてもうて」

「おし龍、表でろや」

よかった、ばれてない。

少し上ずった声を元の高さまで引き落としながら

俺は、気づけなかった。

目を細める千尋の顔に。

目を伏せた礼央の睫毛に。

目を泳がせたサンちゃんの目の先に。

『岡島龍』の精度が落ちつつあることに。


俺は、気づけなかった。





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