にっし

□07/23 山田真綾
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「彩音、と一緒に練習したのは、その、なんつーか

ある理由みたいなのがあって、それは言えんのやけどさ、

だからそれ1回きりなんよ」

きっと彼はあたしが思ってるほど
器用じゃないんだろう。

上手く言葉がまとめられないみたいで恥ずかしそうに頭をかいている。

もう、いいよ。

きっとそんな姿を知ってるのは、
アタシだけだと思うから。

照れたようにまた笑う龍の顔を見て、

アタシもまた自然と微笑んでいた。

隣の席の馬鹿のことが。

新しい野球部のエースのことが。

誰かの特別であることを好むアタシの都合に

振り回されてくれる彼のことが。

今どうしようもなく愛しくなってしまって。

ふはって零したような龍の笑顔も

見せてくれるのはアタシだけでいいと思った。

可笑しいよね。彼女でも、ないのに。

「龍」

アタシの声にふりむくと、彼はまた小さく微笑む。

その笑顔に目頭が熱くなった。

「地区大会、絶対優勝しよな」

「…!」

驚いたように目を細めて。

ふはって。

「言われなくても、勝つ」

そう言って

また花が咲くみたいに。

笑ったんだぁ。

「だからもうこういうのナシな」

「うん、ごめんね」

「戻ってくれたから別に良いで」

上機嫌な様子でいちごミルクをかうと、

龍は小さく手を振った。

「じゃ、明日な」

「…うん」

アタシが返せることって、まだ少ないかなぁ。

でも。かれのために。

なにかしてあげたいと思った。

貰ってばかりのアタシだけど。

この時は心の底からそう思えたんだ。







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