Event 1

□男の背中
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――マジで取るなよ。
ホントこいつら咲ちゃんの事に
なると余裕ねぇなぁ…。


「そりゃサンキューな。」


手放しで褒められてっけど、俺としては
色恋要素を感じない彼女のキラキラ無垢
視線に苦笑して、そのヒヨコみたいに
ふわふわの頭を掻き乱した。


「わ! もぅ! 秋羅さんっまた髪の毛
グシャグシャにする〜っ!」

「ははは、すまんすまん。」


そんな俺らの様子に少しだけホッとした
ようにまた彼女の世話を焼く夏輝。


「ああ、そんな風にしちゃ絡んじゃうよ
…ちょっと待って。」


そう言っていそいそと彼女の髪を整えて
やってる様は父親っつーより母親だ。
だから夏輝母さんなんて言われんだろ。

そして春もその様子を苦笑して見てて…
冬馬といえば、まぁ上手い事 普通の顔
してっけど、こりゃ内心色々思ってる
って感じだな。…そんなに気になんなら
掻っ攫っちまえばいいのに。
…なんて思ってんのがバレたら夏輝と
春に絞められそうだ。

そんな事を思いながら眺めてたら、
思いっきり冬馬とバチッと視線が絡ん
じまった。


『あんだよ』
って表情のお前。クックック…。

笑いを噛み殺した俺を察し、ムッとした
顔して散々叩いてちっと休憩ってしたい
とこだろーに、またドラムに向かう。

無意識か?
或いは計算してか。

彼女の前で男をアピールするにはそれが
一番手っ取り早いよな。

初心で激鈍のお姫さん。
完全初心者の彼女には、鉄壁ガードが
二重三重。こら大変だ。
本人の鈍さもさることながら、こんだけ
ガードされてちゃ男どころじゃねぇだろ

一体それもどーなんだ、なんて思いつつ
またダダダ…ッと叩き出した冬馬を見て
思う。

こいつはこいつでホントは相当イイ男
なんだけどな。ちっとばかし思考が単純
過ぎるきらいはあるが基本アッケラカン
としてて根に持たねぇし、基本優しい。
まぁ、主に女に対してだけど。

それに何のかんの言っても、夏輝ほど
じゃ無いにしても(つか夏輝のあの世話
したがりが普通じゃねぇだろって話)
世話見ぃだったりするしな。

それにほら、ドラムの前のお前は確かに
一流の男だ。

汗を振り乱し、大胆かつ実は正確に刻む
ビートは春の注文の賜物かもしれんが、
いつの間にか難なく熟(こな)してやがる
…それが奴の本能であり才能なんだろう

ある意味、春とはまた違う天才型。
昔っから、努力って名前のもんを一切
嫌う奴だからな。俺としちゃ羨ましい
限りだが。

おーぉ冬馬の奴め、乗って来やがった。
ノリのキッカケは彼女へのアピールでも
こうなると奴もパフォーマーだ。
本気の音には引力が半端無ぇ。

あっクソ…ッ、
俺も弾きたくなっちまうじゃねぇか。

そういう意味じゃ此処に居る全員が
パフォーマーだからな。
ほら見ろ、夏輝もギターを手にしてもう
弾き出しちまってるし、無表情な春も
彼女を引き連れピアノの前に陣取り合図

駆け出しの彼女もパフォーマーの性の
片鱗を見せ、歌いたくてウズウズって
感じだな。

こりゃ良いセッションが期待出来そうだ
…天辺(深夜12時)くらいじゃ帰れなく
なりそうなのが玉に瑕だが。
まぁ夏輝みたいに猫飼ってたりしてる訳
でもねぇし、特に急ぎで帰んなきゃ
なんねぇ事がある訳でもねぇんだけどよ


そんな俺らを引き込む台風の目は、それ
すら気付かず一心不乱に叩き捲ってる。


――お? …そうでもないか。

皆を引き込むのも(無意識の)計算ずくで
ちゃっかり今回編曲中の新曲じゃなく、
彼女とのコラボ曲に変調して変えて誘い
やがるなんて、柄にもねぇ粋な事してん
じゃねぇよ。

…いやこれが冬馬だな。
無意識にこんな事やっちまう。

本能のままにってか?

あーもう楽しそうに叩きやがって。
そんなに皆がお前の音に乗せられたのが
嬉しいかよ。

…まぁ嬉しいわな。
ミュージシャンなら誰だって。
しかも相手が普段なら余裕で躱しちまう
俺らなら尚更。

板(ステージ)の上の挑発ならまだしも、
普段のスタジオで演ってる時にゃ俺らは
結構クールで。

普段からギター馬鹿でギター沸点の低い
夏輝でも直にはそんな熱くは乗らない。

どっちかってーと
「はいはい、仕方ねぇなぁ」ってノリで
付き合って、いつの間にか互いに熱く
なっちまって鳴らし合ってるってこた
侭あるけども。


――ム…冬馬の奴、調子来いてんな。
またオカズ(フィルイン)*弄りやがった

咲ちゃんにゃまだ此処までは難しい
だろうと踏んでか、軽めにアレンジは
しちゃいるが、明らかに俺らに吹っ掛け
てやがる。


咲ちゃんに隠れて交戦ってか?
面白れぇ、やってやろうじゃねぇか。



結果、冬馬に嗾けられ…俺らはスタジオ
セッションなんてのをライブ前でも無ぇ
のに、ガンガンに演り合う羽目になっち
まったんだ。

ったく、熱過ぎんだろ。





*
*曲の繋ぎ目で即興的な演奏を入れる事
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