Event 1

□男の背中
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隙を突いてはフライングしようとする
冬馬を制して、俺も漸く一息を入れ水を
口に含む。

彼女の好きなあの水とは違うけど俺の
お気にのこのメーカーは、元々うちの
スタジオに入れてたものだ。
顔馴染みのこのメーカーの営業に、無理
言って取り扱いをお願いした、彼女の
お気に入りのミネラルウォーター。

いつだったか、彼女のバッグからいつも
そのキャップが覗いてるのが気になって
何の気なしに尋ねたんだ。


『いつもそれ入ってるね。』

『あっそうなんです。これ、すっごく
美味しくて…でもカロリーも無いので…
つい。でも最近テレビ局での自販機でも
見なくなっちゃって探し回って3軒だけ
置いてるコンビニを発見したんですけど
もういっそダース買いしちゃおうかとも
思ってて…。』

『そんなに気に入ってるの?』

『…へ、変ですか?』

『いや俺も好きな水、あるから分かる』

『そうなんですか?! 因みに夏輝さんは
どのお水がご贔屓なんですか?』


なんて会話して。

だから営業の顔見たらお願いしてた。
彼も俺のその無理なお願いに吃驚してた
けど…。

そんな経緯でスタジオの自販機に並ぶ
彼女のミネラルウォーター。

言わば彼女専用。
まぁ誰が買っても良いんだけど。

でもこれが減った分彼女が来たってのも
なんか嬉しくて…って俺気持ち悪い?
ヤバいな、何か最近彼女に関して凄く
自分でもヤバい気がする。


やたら彼女にちょっかい掛ける冬馬から
目は離せないし、彼女の無防備な言動に
ハラハラするのもしばしば。

さっきだってさ。
飲み掛けってダメだろ、そんなの冬馬に
飲ませちゃ!

…ってたかが間接キスなんだけど、でも
彼女が飲んだのを冬馬が飲んで、また
それを彼女が…って思ったらもうワーッ
ってなった。

…中学生か、俺…。


そもそも冬馬の奴、あんなに彼女に対し
好き好きアピールかましといて何他の
女の子と遊び歩いてんだよって。

…いや、あれで冬馬が他の女の子たち
全部切ったら切ったで、その『本気』の
有り様が怖くもあるけど。

でも、多分冬馬も本気だ。
本人は認めたがらないだろうし、きっと
否定し続けるだろうけど。
アイツがあんなにまで頑なに恋愛拒否る
のって…多分、過去のあの彼女が原因
なんだろうな…。

冬馬は女好きだ。
それはもう出会った頃から変わらず、
ブレない部分。…ってアイツのブレてる
トコなんて見た事ないけど。
いつだって芯が通って全然ブレない。

きっとそれはアイツん中では当たり前で
本能的に自分を知ってるからなんだろう
けど…。

アイツは世間一般では認められない事
でも自分がイイって思えば平気で通すし
逆に反対なんかされようもんなら絶対に
面白がって更に嵌る事確実だからな…。

そんな奴の性質もバレてるから事務所も
アイツに関してはほぼ放し飼いだし…。

俺は正直、冬馬の生き方が羨ましい。
春とはまた別の意味で。

…って言うかある意味、春と冬馬って
同じカテゴリーだと思ってる。
本能的というか野性的?

んー俺にとっちゃ褒め言葉なんだけど。
秋羅は理性派。完全なる。
俺もどっちかって言うとそうかな。
って言うか理屈派…?

周りを巻き込む野生児が2人以上なんて
もうバンドとして機能しなくなっちまう
から、俺らはこれで良いんだと思うけど
…でも正直、自分に素直に生きている
あいつらが羨ましくもあるんだ。


はあ…
今日も何だよ、あの強引プレイ。
まぁ楽しかったけど。

明らかに春もノッてて、咲ちゃんの
ペースなんて考えてなかったろ。
プロデューサーなのに…ったく…。

冬馬なんか、そもそも咲ちゃんへの
アピールで派手に叩いてた癖に自分が
楽しくなっちゃってさ。
…まぁ咲ちゃんも目茶目茶楽しそう
だったし、俺も楽しかったけどさ。

大体アイツ、冬馬の奴は強引過ぎ。
今日は俺ら打ち合わせで咲ちゃんは
春のレッスンってだけだったろ?

まぁこのノッた雰囲気とかは未だ経験の
浅い彼女には良い経験だったと思うけど


って、どうせ結果オーライって笑うんだ
ろうな。…確かにそうだけどさ。

冬馬のそんな本能で行き当たりばったり
の癖に結果オーライのとこ本当にズルい
よなぁ…。


そんな事を頭の隅で思いながら、かなり
息の上がってた彼女と話しして様子を
見てたんだ。




「う〜ぃ、お疲れー!」


そんな中、濛々と白く煙った喫煙室から
煙草臭い男二人。

俺と春は喫煙室には入らず、スタジオで
彼女と話してたから。


ノリにノッたジャムで汗ばんだ体に、
濛々と燻された紫煙臭。


「ぅわ、煙草クサっ!」

「えーなんだよ〜普段はお前もナカーマ
だろー? 今日だけそんな涼しい顔して
ズッリぃなぁ!」

「違う!
お前、汗に纏った煙草臭が半端無いっ」

「えっ? マジで?!
咲ちゃん、俺 臭い?! 」

「えっ、だ、大丈夫です、よ…?」

「うっわーん、臭いんだぁぁぁ!」

「そりゃ臭ぇだろ、
こんだけ掻いて吸ってりゃ。」

「…何か秋羅サン卑猥…。」

「ハァ?! 」
「冬馬!」


「…?」


(いつもながら)イキナリの冬馬の下ネタ
投棄に咄嗟に咲ちゃんの耳を塞ぐ。


「ヤダ、なっちゃん過反応〜!」

「お前は―――!」

「あはは、ヤベッ春も激オコ?
俺シャワー浴びて来るわ〜。」



バサッ!

「きゃ?! 」
「冬馬ッ!」


そう言って勢い良く上半身の衣服を脱ぎ
散らかし、諸肌晒した上に下半身にまで
手を掛ける冬馬に動揺する彼女の頭へと
腕を回し、今度は目を塞いで公然猥褻を
水際で防ぐ。

そのままボコンッと靴で蹴りつけ。



「痛ぇッ! ちょちょちょ…ッ
春もタンマ! 春の靴は洒落なんねー!
え〜〜…俺の自慢の肉体美なのにぃ〜」

「うるさいッ早く行け!」


罵倒しても何処吹く風、
笑いながらシャワーブースに消える冬馬


ったく、何処まで自由なんだよ!
羨ましいなんて思った自分が嫌んなる。

っとにっっ!




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