Event 2

□KNIGHT
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はわわ、と明らかに動揺している咲。

そんな彼女の真っ赤に染まった常より熱い
頬に触れる。


「…気になるのは過去の話だけか?」

「ちが…っ――わない、…けど」

「『けど』?」

「…違うんです…無理に聞きたい訳じゃ
無くて…っ、ただ…て、徹平さんの…
その、地雷ポイントを…知ってたら…その
わ、私たちは長続きするんじゃないかって
思って…私、何も知らな過ぎて……」

「――『長続き』って…俺はお前と
終わらせる気など毛頭ないが?」


つい言葉尻が硬くなってしまった。
彼女が俺と続く事を望んでいるという
甘い文言よりも、『長続き』といういつか
その先にある終わりを意識している事に
絶望を感じて。

俺こそが彼女がいつか他の光り輝く男に
目を奪われるのでは、と常に考えていた
癖に、だ。


「わっ私だって…! でもっカナコさん
綺麗だった! あんな大人で綺麗な人が
元カノで…っしかもまだ山田さんの事、
好きっぽいのにっ…それにどんな理由でも
破局の原因を聞いたり…ううん、知らず
私が同じ事を遣っちゃったりして…それで
彼女に繋がる記憶思い出して欲しくないん
だもん…ッ!」


涙目で、でもこの場で泣くのを良しとせず
ありったけの力でスカートをクシャクシャ
にしながら叫ぶお前に、常の俺なら周りの
聞き耳を気にして声を落とさせるなりその
口を塞ぐなりしている状況の筈だった。

…だが、もっと聞きたい。
お前が俺を欲しかる言葉を。

お前が俺に執着しているその言質を。

そんな男としても俺の勝手な欲が、今は
見張り役を買って出たモモが周りなんて
どうにかしてくれているだろうなんて
確信は有れど何の裏付けもない状況で
出てしまった。

流石に過去、失敗ばかりを繰り返してきた
からこそ分かる。今の最適解は不安がる
彼女を抱き締め、唯々彼女への愛を囁く事
こそ最短の解決策だ。その後で俺の家なり
彼女のマンションなりで改めて色々他の
気掛かりな詳細は一つ一つ話を詰めて…
消していけばいい。


でも、俺は今聞きたい。
お前が俺を求める言葉を。


「…香菜、いや彼女とはもう数年前、
正確には覚えていない程前に終わった事d」
「カナ、って呼ばれてたんですか」


咲が俺の言葉を遮ってまで詰め寄る
なんて余程の事だ。それを俺の事、しかも
もう何の関係もない遥か過去の事で、今
こうして――?

救えない事にそんな咲の必死な様子に
ゾクゾクと心を刺激されている自分が居た。


「――聞きたくない、本当は彼女との事
なんて何も聞きたくなんてないんです…!
でも、今聞かないと絶対ずっと…私、
気になっちゃうから…っ彼女とはどうして
終わったんですか。山田さんから?
それとも彼女から?…今も好きって態度も
アリアリでどう、思ったの…、そもそも
彼女のどこを好きに…、…ッ、嫌だ…ッ、
そんなの聞きたくない…!」


言ってる事は支離滅裂だ。

咲は基本穏やかで、殆どその言葉を
荒げる事はない。そんな普段のほほんと
している彼女に声を荒げる相手なんてのも
極少数だ。(現場の監督を除いて)
どちらかと言えば彼女の傍に居る人間では
俺がカリカリしている方だろう。

常に冷静である事を旨とはしているが、
彼女のある意味突出した鈍さには私的な
関係を除いたとて常に振り回されている
自覚がある。

ここぞとばかりに上げ連ねてしまえば
咲はかなり鈍い方だ。
特に恋愛に関してはその年代にしては
明らかに晩稲で、見ててこちらがヒヤヒヤ
したのは一度や二度ではない。他の男共の
秋波にヤキモキしているのはいつもこちら
側だというのに。

…そんな咲が。


胸に溢れ返るこの気持ちは何だ?
彼女がこんなにも心を乱し、もう今にも
泣きそうに、辛そうにしているというのに
この浮き立つような気持は。

彼女を守ると誓った。
彼女の足を引っ張る小賢しい敵からも、
彼女に甘言で言い寄る男共からも。

彼女を守る守護者の役目、それだけは
どんな時も徹底しているつもりだった。
業界で彼女の庇護者と言われるJADEよりも
陰から…いや全方面から。

それなのに今、俺は俺にだけ甘くその
己で立てた誓いを守れず、今こうして…
自分の欲を優先している。

…反吐が出そうな気持ちとは裏腹に、
だからこそ何処までも彼女が愛しいと想う
自分もしっかりと自覚していた。


「…馬鹿だな…。そんな過去にはもう
何の意味もないというのに。お前に逢って
俺の全てが塗り替えられた、その自覚は
無いのか?」


自分でも意図しない声音だった。
いや、意図して出せる声じゃない。
――俺は演じる事を生業とする俳優では
無い、しがないサラリーマンなのだから。

でも、今は…今だけは。
お前の前でだけは。

お前を守り愛しむ騎士(ナイト)でありたい。
お前を愛する男で、お前を唯一腕に出来る
最高の男でありたい。

例え他の誰が認めなくても。

俺自身がどれだけ自分を卑下しても。



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