Novel


□やられっぱなしのエチュード
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コンコン。

「おはようございます、咲です。」

「どーぞー咲ちゃん!」


控えめなノックと穏やかな声。
さっきまでと全然違う皆の浮ついた空気が
楽屋を一気に春先のように変える。

扉を開けてやれば、どうやってノックしたのか
と思わず疑問に思うような大皿を抱えた彼女。


「うわ、また今日は大きいね?」


そう言って透かさず彼女の大皿を取り上げたのは
京介。後ろで義人が無言で扉を支え、彼女が
にこやかに「ありがとう京介くん義人くん」
なんて言っている。


「今日はねぇ、お雛様のお料理だったの。
ちょっと放送用だら早いけど綺麗に出来たから
皆さんにも見せたくって!」


「ジャーン♪」なんてノリで、彼女が被せた
ペーパーを取り除けば一つ一つラップされた
一口大の雛飾りの手毬寿司。周りには桃の枝
までデコレーションされ、正に映え。


「え、コレ食べていいの?!」

早速前のめりに喰いついたのは翔。

「もちろん! もう撮影もしたし、何なら
スタッフの皆さんはもう食べた後だよ。」

「…わざわざ俺らの為に作り直した?」

「ッ、わ、わざわざって言うかッ、材料は
沢山あったし、その…一口サイズの手毬寿司
だから男の人だと足りないかなぁって。
それに沢山作ったらほら、三人官女や五人囃子
まで揃っちゃった!」


図星を突いた義人の呟きに慌てふためいて、
でもさも嬉しそうに、にこやかにそう言う
彼女の眩しい笑顔。


「お雛様カップルと三人官女と五人囃子…
それに橘と桜、右大臣と左大臣まで全部かぁ
あれ、コレは花?」


綺麗に並べられた手毬寿司よりも更に小さな
丸い団子状の手毬寿司。亮太は目敏くそれに
目を付け。」

「あ、よく気が付いたねぇ亮太くん!
それにやっぱりよく知ってる…! あのね、
お雛様お内裏様と三人官女、五人囃子それに
お大臣2人で12個でしょ? それで橘と桜…
プラスお内裏様とお雛様お二人の間に飾る
桃の花で15個だったら皆さん3個ずつ当たる
かなぁって。でも酢飯が足りなくなっちゃって
こんな小さくなっちゃんだけど…。」


何でもない事のように彼女は言うけど…
見たら分かる。とても細やかな細工。
着物は薄い卵焼きやチーズに海苔や桜でんぶ
そんな様々なもので模様付けされ、一つ一つ
人形の顔も丁寧に黒ゴマやナッツで表情も
愛らしく作られてて。きっとスタッフ達が
食べてる横で彼女が楽し気に話しながら手を
動かしていたんだろうと簡単に想像出来た。


グ…ッと胸に詰まる何か。

一昨日の一件でもそうだけど、大体はどんな
時でも落ち着いて俯瞰で見て対処して来た
つもりの俺だけど、彼女に対してはいつだって
こんな風に…上手く伝える事すら出来なくて。

既知の女性の告白ですら俯瞰に見て今後の
関係性とかそういうのを考えて、あまり
心動かされはしなかったのに。

彼女が作った差入れ
その笑顔、

これは俺にだけって訳でもないのに

こんなにも動揺して
揺れて波立つ心の内。


様々な突発的な経験が予行演習だとするならば
そろそろ練習曲は卒業して、本番に臨んでも
良い頃合い…の筈。


そんな思いも過って。


「…ホント、凄いね咲ちゃん。」


言えたのはそんな単純な感想だけ。
でも胸の内の想いは吹き荒びその声を揺らす。


「え…、かっ一磨さん…ッ?!
――あッ、一昨日千秋楽でしたよね!
だからまだお疲れが取れてないんですよ、
きっと! とっとりあえず座って下さい!
あのっ、何か飲みます? あっ、温かいお茶も
ありますよ、それとも冷たい方が良いですか?
手毬寿司だから炭酸よりはそっちかなって
思ったんですけど、何か飲みたい物があれば
買って来ます。何が良いですか?」


そっと座らされ、自分でも何でこうなったか
分からず顔を伏せてしまった俺を、だからって
覗き込む事も無く、どうして欲しいか、俺が
どうしたいか尋ねる君。

相手に何かを求めるばかりではなく、
自分に何か出来るかと、問うてくれる君。


『本物の天然と人工天然の間違い探し?』

亮太に言われた言葉が正解って訳じゃないけど
その違いは否応にして分かる。


こればかりは

いくら練習したって
突発を重ねて慣れた気で居たって

そんな簡単には攻略出来ない。


天然な彼女。

思いやりも、人に尽くすのも
利害関係や押しつけなんてのもなく
ただ、彼女の心のままに


いつだって遣られっぱなしで
俺らばかり心奪われて


いつまでも

遣られっぱなし、何て訳には行かないからね

ね、咲ちゃん。



そんな俺の決意がどう見えたのか。

顔を上げた俺からさり気に彼女を遠巻く
ウチのメンバー。

彼女も俺がいつもの俺に戻ったと安心したのか
ニコニコ笑って手渡してくれたのはお雛様。

大皿の中の姫。


いつかは君を手に入れたい。




沢山の練習はもう終わり。







end.




Happy Birthday
dear KAZUMA HONDA xxx 2024.01.16

1ヶ月、遅れてごめんね、一磨さん!




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