Novel


□だいすきなひと
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「…冬馬さん?」

「んー…。」

「どうしたんですか…?」

「んーん…。」


先に家に帰り着いてた俺は、俺よりも
遅くまで仕事して帰って来た彼女が
リビングに入って来るなり抱きしめて
深呼吸。

彼女はそれ以上何も聞かずに彼女よりも
頭二つ分は大きい俺を抱きしめて優しく
撫でナデ。


――ああ、落ち着く…。

ササクレ立ってガッサガサだった心が
スーッとツルツルになってく感じ?


俺、もう絶対彼女を手放せない。
彼女が居ないと、もう心ん中棘で一杯に
なってきっともうチクチクして眠れも
しなくて。

彼女を抱きしめたまま屈んでスリスリと
頭を摺り寄せて、甘える。ヨシヨシと
また俺を甘やかす柔らかい手。
10も年下の子なのに、この包容力ったら
どうだろう。

こんなんじゃダメだなーと思う。
こんなんじゃまだまだだ。

皆に宣言したくて。
彼女を独占したくて。
誰にも触らせたくなくて。

だから一生懸命努力はしてるつもり。
俺にしては精一杯。

だけど、やっぱまだまだで。
自分でも分かってんだけど、でも納得は
いって無い。あーもうグジグジしたって
仕方無いのに。気持ちだけ焦ってつい。


ちゅ


――…え…?


頭に優しくも柔らかい感触がして、顔を
上げる。目の前にはふわっふわの綿菓子
みたいに優しい君の瞳。真綿で包み込む
ように俺を甘やかす。

その笑顔が更に近付いて、
俺を見上げて


ちゅ


頬にキス。
そしてそのまま見開いてる目元にも。
思わず目を細めると、その瞼にも。


「咲ちゃ…ん?」

「今日もお疲れ様でした。」

「……。」

「いつも冬馬さんが居てくれるから私も
頑張れるんですよ。私も冬馬さんに元気
あげられたらいいのに。」


――…っ。


彼女が好きだ。
彼女じゃなきゃ嫌だ。
俺の傍に居て。ずっと。


「冬馬さんが…私の為に色んなことを
我慢して、沢山努力してくれてるの…
知ってます。私はそのままの冬馬さんで
いいって思ってるのに…そうもいかない
みたいで…ごめんなさい…。
とても、疲れちゃったんですよね…?」

「ちが…っ!違うから!咲ちゃんっ
疲れたとか、そんなんじゃないから!」


ぎゅっと抱きしめる。

小さな身体を。
俺の為に痛めてるその綺麗な心ごと。


「俺、俺…咲ちゃんが好きだ!
咲だけが好きだ。だけど俺の今まで
して来た事がそれを信じて貰えなくして
いるんだから、俺は努力して皆に認めて
貰わなくちゃいけなくて。
皆に、君は俺ので…俺はもう君だけの
なんだって。」

「…うん…。」

「だから、待ってて?
絶対皆に信じさせて俺のもの!って
言ってみせるから!」

「…はい…っ」


その時は君のその輝く笑顔を
俺の横で皆に見せてやって?


そして俺はまた知らなかったんだ。
君が…俺の為に山田さんや事務所や
メンバーに一生懸命に執り成してるの。



***



「…全く…。」

「ほんっと、に。」

「仕方ねぇよなぁ?」



「何が。」


スタジオに入って、ドラムセットの前に
座った俺にジワリジワリと集まって。
ぶつぶつと不承不承という感じで俺を
取り囲むメンバーに、疑問符一杯の俺。


何?まだなんか課題でもあんのかよ。
いいよ、いくらでも言えよ。
俺は絶対ぇ諦めねぇから。


「…愛されてるな、って言ったんだよ」

「は?」


――ったり前だろ。
愛し愛されまくりだっつの。
この俺が努力を厭わないくらいに。


「感謝しろよ? 咲ちゃんに。」

「え? 何、」

「お前の為に、仕事の合間を縫って彼女
1人で事務所や俺たち…お前達の公表を
渋る全ての相手に交渉して回ってる。」

「彼女、1人でって…」

「咲ちゃんが、お前はもういっぱい
努力してるって。それでも足りない努力
なら私がしますからって…頭下げてさ。
俺らは元々彼女に何の不満も心配も無い
んだからそんな事する必要も無いのに」

「……っ…」

「事務所からもOK出たぞ。
さっき北島マネから電話来てた。」

「ラビットとも話済みだそうだ。」

「良かったな?やっと公表出来るぞ?」

「…彼女は…」

「今日は番組収録でテレビ局だ。」

「何処スタ?! 」

「Bスタって聞いて…おい、一応局でも
確認しろよ!…って聞こえてないか…」




ダッシュで俺らのスタジオ飛び出して、
車かっ飛ばしテレビ局へ。

演者スペースに急ブレーキで駐車して
そこでも更にダッシュかましてBスタへ

慌てて止めに掛かるガードマンに大声で

「JADEドラマー水城冬馬っ!」

って小学生の自己紹介かよ、ってな身分
証明してやってエレベーターのボタンを
連打。


ダダダダッてエレベーターからBスタへ
駆け込み。今まさに収録終わりの撤収で
入り乱れてるスタジオ内を必死で見渡し


「冬馬さんっ?! 」


って愛しい彼女の声に振り向いて。
走り寄る彼女を皆の前で抱きしめて。

いつものハグなんかじゃ無い、
本気の抱擁。

俺の腕が二周りもしそうな彼女の細腰も
華奢なその背中も包むように。


「ちょ…水城さんっ?! 」
「何、一体どうした…うわ!」
「えっ、何、これどういう?! 」
「ッ咲ちゃん…まさか…?! 」
「…どうやらそのようだな。」


ああ、そうか今日の彼女はWaveの番組
メインゲストとか言ってたっけ。

Waveだけでなく、周りのスタッフも皆
ざわつくその中で。
堅く深く抱きしめて。


「彼女は俺のだから!」


腕の中には幸せそうに微笑む彼女。
この上なく美しい笑顔で。

俺の隣で微笑む彼女を見せびらかしたい
って思ってたけど、こんな綺麗な彼女の
表情、誰にも見せたくない。


俺だけのもの。



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