Novel


□山田さんとモモちゃん
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【 山田さんとモモちゃん 】


「徹平ちゃん、お帰りなさぁ〜い♪」

ラビットプロモーション事務所内。
定時は過ぎているので事務員は
殆どいない。
(まぁ元から弱小プロだから
事務員も少ないというのもあるが)
居るのは大抵、タレントを抱えている
マネジャー業務の者と社長と、たまに
タレント本人といったところである。

そこに…今日は珍しく、勤務時間外にも
関わらずメイクの百瀬達也がいた。


「…モモ…。」


げんなり、というように山田の眉間に
いつもより多めに皺が寄る。


「なぁーにぃ、その皺。
咲ちゃん喜んだでしょ?
…あ、泣いちゃったんだ?」


事務所のイスに後ろ前に腰掛けて、
背凭れに両肘を乗っけた状態で
山田を見上げる桃瀬。


「…確かに泣いたが、そうじゃない。
悪魔に魂を売った気がしてならん
だけだ。」


愛用のビジネスバッグをデスクにドンと
置いて、ほんの少しネクタイを緩める。

その何時もでは考えられない荒い仕草に
桃瀬は目を見張った。


「え?…夏輝くん、いい子よ?
咲ちゃんのこともとても
大事にしてるし、何が問題?」

「折原夏輝が問題って訳じゃない。
…自分のタレントを男の元へ送り出し、
あまつさえ泊まる準備などと…!」


山田にしては珍しく、語気を荒げて
イスに座る。

目を見張ったままその様子を伺っていた
百瀬がふと優しい表情で、スィと
椅子ごと近づいた。


「…徹平ちゃん、芸能界ってさ見目
麗しいけど魑魅魍魎の世界じゃない?」

「何だいきなり。」


今度は山田が桃瀬の言わんとすることを
読めず、様子を伺う。


「咲ちゃんも夏輝くんも、その中じゃ
珍しいくらい、いい子じゃない?
…これから先どうなるかわかんないけど
変なのに引っかかる前に幸せな経験した
方が、これからの人生には絶対イイと
思うのよ。…特に咲ちゃんは
初めてだから、さ。女の子にとって
初めては…やっぱりすっごく大事に
された方がイイと思うのよ。…アタシも
あの子が可愛くて仕方ないからさ。
夏輝くんなら、って思ったんだけど?」


今回のお泊まりの影の立役者は桃瀬だ。

桃瀬が咲を可愛がっているのは
周知の事実だが、流石に立場を超えて迄
咲のために走り回るなど一体誰が
予測しただろうか。

まずマネージャーである山田を脅した。
脅すというと聞こえが悪いが、要は
(実は自力で立ち直りつつあったにも
関わらず)咲の精神的限界を理由に、
彼女の1ヶ月ぶりの休みをもぎ取った。

その後すぐにJADEの神堂春に連絡を
取り、咲の名を出しつつ折原夏輝の
予定を入手し、相談を持ちかけた。

神堂も桃瀬と同様、プロデュースだけ
でなく咲を気に入っているのを知って
いたからではあるが、あの神堂相手に
すごいフットワークである。

結果、元々約束をしていた二人の時間を
延長することが出来たのではあるが…
この日が2人の4ヶ月目の記念日だった
ことは忙殺されて限界だった咲の
アタマにはないだろう。

結局、咲の事は基本的に全て
把握してる山田と、元々そういうことに
聡い桃瀬のタッグあってこそ、今回の
騒動は大きな混乱もなく落ち着く場所に
落ち着いたと言える。


山田にしても、咲を虐めたくて
スケジュールを組んだわけではない。

あんな殺人的スケジュールであっても、
なるべく咲にとって有益な仕事を
優先的に入れて調整してある。

咲は山田にとって、自分が
見つけ出したダイヤの原石だ。
しかも極上の。

少しの欠けもさせず、磨いてやりたいと
常々思っている。

その為には…今、この売れ出した時が
正念場だ。この波に乗り遅れると数年は
遠回りさせてしまうことになる。

彼女の才能、性質、声…そして運。
自分の見出した『天野 咲』は
息の長いタレントになることだろう。

今ここで彼女の足場を固めてやることは
この先の築城が容易になるということ。
突貫工事でぐらつく城に住まわせる気は
毛頭なかった。

…しかし、彼女もハタチの女の子だ。
元々芸能界に興味がある訳でもなかった
娘を無理矢理頼み込んでこの世界に
住まわせた。
その上、好きな男まで取り上げて
籠の鳥にしたいわけではない。

出来ることなら、
自由に飛び回り囀(さえず)る…
大空に羽ばたく鳥にしてやりたい。
恋愛だって肥やしにして大きくなれ!
といいたいくらいだ。
…まあ、そういうタイプでは無いのは
重々承知だったが。

そういう思いもあって、今回山田は
桃瀬の思惑に便乗していた。

納得、理解して咲を恋人である
折原夏輝の元へと届けた。
きっと、今は会えることだけで頭が
いっぱいで…この時間から恋人に会いに
行き、明日がほぼオフであれば、通常
『お泊り』確実で…年頃の男の元に
泊まって何も無いなどあり得ない、
ということですら念頭にないであろう
初心な彼女のためにささやかながら
準備も整えて。

まさか彼の方にも準備がない、などと
いうことは無いだろうが…
もしも、ということもある。

同じ男としても折原は信用に値すると
判断し、大事な咲を任せはするが
…今この時期にまかり間違っても
妊娠、結婚などあってはならない。

重々注意するようにと一筆でも入れたい
気分だったが、流石にそれは止した。


そのような思惑が折り重なり、その
全ての思惑の根底に咲への
想いがあったからこそ実現した奇跡の
一日。



「…準備ってなにしたの?
…まさか…?」

「お前が言ったんだろう。」


心当たりがあるのか、目を見開く桃瀬。
それに対してムスリとしたままの山田。

『徹平ちゃん…堅過ぎ!
年頃の女の子のマネージャーなんだから
彼氏とのお泊まりくらい下着でも用意
して送迎してあげるくらいの寛大さを
持った方がいんじゃないの?』


桃瀬は思った。
…言った、確かに言ったよ!と。

でもそれはあくまで、例えというか
堅過ぎる徹平ちゃんを揶揄してで
あって…。


「…どこで買ったの」

「途中のコンビニだが?」


確かに売っている。
サイズだって咲なら普通にMで
いけるだろう。無いよりマシか?


「ショーツだけ?」

「あと…ストッキングとスキン、だな」


「 ! 」


ス、ストッキング…
若い咲ちゃんが履く?

いや、つかスキンって!!
避妊具を渡されて、あの子一体
どうしたんだろう…まさか、夏輝くんに
「付・け・て♡」なんて言える子じゃ
ないし。


「…後学のため聞いとくけど、
なんて言って渡したの?」


怖々、でも好奇心には逆らえずに
聞いてしまった。
更に眉間にシワの寄る山田。


「折原君に渡せ、と。…何の後学だ。
マネージャー業へ鞍替えか?」


…ほっ、夏輝くんに渡してたなら、
まぁ大丈夫だろう。
彼だって大人なんだから。

…しかし、徹平ちゃんがホントに
咲ちゃんを大事にしてるのは
わかった。元から知ってはいたけど…
本気で彼女の為なら自分が出来る限りの
事は全てする位に。
いや、出来ない事もするかもしれない。

そこまで考えて、桃瀬は苦笑した。
自分もそうではないか、と。

天使のような彼女に魅せられて、
男たちが尽くしていく。
竹取物語のかぐや姫のように、いつか
天界という名の芸能界のスターという
位置へ登って行くのかもしれない。

それこそ徹平ちゃんは本望だろう。


アタシは?

そう思った時、ふるふると頭を振った。

考えるだけ無駄というものだ。

魅了する引力を受けた者は、もうただ
吸い寄せられるまま。


「まあ、今頃幸せな夜を過ごしてるなら
いいわ。ねっ、徹平ちゃん♪」


桃瀬のウィンクに山田のため息が閑散と
した事務所の空気に溶けたのだった。





end.

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