Event 1

□うそつき
1ページ/4ページ

【 うそつき 】


「…が倒れたんだ…ここんとこずっと
体調悪かったみたいでさ…俺らの
スタジオで、今とりあえずはソファに
横になってる。あ、咲ちゃん?!
咲ちゃんっ!!……やべぇ…」

廊下の隅で携帯片手にニヤついていた
冬馬が急に蒼白になる。

「何事だ?」

煙草片手に缶コーヒーを持ちその後ろを
通り掛かった秋羅が問い掛けた。

「っ、おい?! 」

すっかり蒼白を通り越して真っ白になり
唇まで色が抜けた冬馬がしゃがみ込む。

「…ど、どうしよう秋羅…咲ちゃん
俺のせいで事故っちゃったかもしんねぇ
か、架けてくれねぇか? 指震えて…」

「はぁ?! 意味がわかんねぇよ」

「いいから、リダイヤル押してくれ!」

普通じゃない冬馬の様子に慌てて携帯の
リダイヤルを押す秋羅。

表示名は『天使ちゃん』

「…おい、これホント咲ちゃんか?
…ナンバー…は間違いねぇな…つーか
電源が切られてるってアナウンス流れて
架かんねぇよ。」

「…マジで…? 頼む、もう一回!」

「…。」

もう一度リダイヤル。
冬馬の様子に冗談じゃ無いってのは充分
伝わっていたし、緊迫した雰囲気の中
廊下の隅で操作を繰り返した。

「…ダメだ、何度やっても電源オフ。」

「あ、秋羅っ、山田さん! 山田さんに
電話…! ラビットにも…!」

「落ち着け、取敢えず何があったかを
話せ。咲ちゃんがどうしたって?」

デカイ図体で廊下にしゃがみ込む冬馬を
無理矢理引き摺って、近くのソファに
座らせる。

「…今日、エイプリルフールだから…
最近元気が無いなっちゃんにサプライズ
仕掛けようと思って…」

「ああ」

手が震えてる冬馬に持ってたコーヒーを
持たせ、続きを促す。

「咲ちゃんに、なっちゃんが倒れた
って電話したんだ。そしたら電話口で
パニクった咲ちゃんが…走り出して
…外だったみたいで…ドン!って大きい
音がして…人の叫び声とガシャン!って
音の後…電話切れて…」

「!!…ちょっ、ちょっと待てそれってっ
…! 待て。判った…兎に角、山田さんに
掛けるから待ってろ。」

秋羅が深呼吸をして、自分の携帯から
山田の番号を呼び出す。

数拍の沈黙。

「…あ、山田さん…すみません。JADE
井上です。お忙しいとこすみません。
…あの、咲ちゃん…連絡…付き
ますか? あ、いえ、今日は仕事では…
え? 彼女今日はオフ…。あの、実は
ウチの水城が電話中に彼女もしかしたら
事故ったかもしれなくて……え、あ!
…切れた…。」

「っおい! 今の何だよ!」

「…夏輝…。」

振り向けば、冬馬以上に蒼白になった
夏輝が立ち尽くしている。
その横には同じく無表情で真っ青の春。

床に頭を擦りつける様にして涙ながらに
謝る冬馬。その前で周りなど見えてない
ように電話を繰り返す夏輝。
ソファに深く座り手を両目に当て天井を
仰いでいる春。

酷い有様だ。


「なっちゃん…夏輝…謝って済む問題
なんかじゃないってのは判ってる…でも
本当にゴメン…! 俺があんな…っ」

「…駄目だ、繋がらない…! 冬馬頼む
彼女が今どの辺に居ると言ってたとか、
彼女とさっきまで話していた事思い出せ
頼むから! このままじゃ、何処にも…
彼女を探しに何処にも行けやしない…っ
頼む…!」

冬馬の目の前に膝が崩れた夏輝が力無く
しゃがみ込む。

「なっちゃん…なっちゃんゴメン…!」

大の男、しかも天下のJADEが廊下で
団子になって呻いている。皆が皆。



そんな最中。

「…夏輝さん…っ…!」

バァン!
勢い込んだ足音と共に、夏輝の背中に
体当たりで抱きつく小さな体。

「夏輝さんっ、大丈夫ですか!」


しゃがみ込む夏輝に縋るようにして抱き
つく咲。前には涙でグショグショの
冬馬が同じく床に両手をついている。

「…え、咲…ちゃん…?」

「え? な、なんで冬馬さん、泣いて…」

「咲…っ!! 」

「え? え?
なんで夏輝さんも泣いてるの??」


「ッ、咲ちゃ〜ん…っ…!! 」

ガシィッ!

改めて床でしゃがみ込んだまま夏輝に
抱きしめられた咲を、更に夏輝ごと
抱きしめる冬馬。
そのすぐ後ろで床にベタ座りする秋羅と
ソファに深く深く身を沈める春。


「…一体何のザマだ…。」

廊下には仁王立ちの北島マネージャー。




***


実情は、と言えば。


久しぶりのオフ。
咲は夕方の夏輝との逢瀬の為に服を
買いに街に出ていた。

そこへ冬馬からのエイプリルフールな
電話が。

「もしもし、冬馬さん? どうされ…」

『咲ちゃん!…落ち着いて聞いて?
なっちゃんが倒れたんだ…ここんとこ
ずっと体調悪かったみたいでさ…。』

すぅっと遠くなる音。
――ダメ、ちゃんと聞かなきゃ…
夏輝さん、昨日喋った時…そう言えば
少し元気無かった…。
笑ったような声で、はにかんだように
『明日逢えるの楽しみにしてる』って
言ってくれてたのに…!

「と、冬馬さん! 何処で?
夏輝さんは今何処ですか?! 」

夢中で電話の向こうの冬馬に問う。

――スグに向かわなきゃ!


『俺らのスタジオで、今とりあえずは
ソファに横になってる。』

スタジオの…

気ばかりが焦ってスタジオに向かう為に
くるりと向きを変え、駅へと走り出す。

その時。

右折してきた車が、気が付けば目の前に
迫っていた。聞こえたのは周りの叫び。

――あ、だめ、はねられる…

そう思って目を閉じた。


実際は…咲の目前で、どうにか急
ハンドルを切ってブレーキを掛けた車に
手にしたバッグが引っ掛けられ、同じ
手に持っていた携帯が巻き込まれて、
バッグと一緒に飛ばされ、車の前輪に
轢かれ大破した。

咲は、バッグで擦れたかすり傷は
あるものの、ほぼ無傷。


偶然にも運転手はJADEのマネージャー
北島だった。


所用の帰り、うっかり確認を怠った。
イキナリ女性が飛び出して来て、危うく
轢きかけたその人が、色々と縁のある
天野咲だったという驚き。

自分以上に動揺している彼女をどうにか
人目につかない様に車に乗せ、引っ掛け
飛ばしたバッグと轢き壊した携帯を回収
してから周囲には病院へ連れて行くと
言い残してその場を去った。

当てた感触は無かったが、一応車の中で
怪我や不調が無いか確認するも、彼女が
そんな事はどうでもいいのだとばかりに
夏輝の名前を連呼するものだから、病院
では無く彼らの居るここに連れて来た。

…そしたら、どうだ、この有様は。


大の男が廊下で団子状態で。


そして、冬馬は北島に。
咲は夏輝と他のメンバーに。
今回の状態の現状報告をしたのだった。


*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ