Event 1

□聖夜の願い
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【 聖夜の願い 】


クリスマスなんて大っ嫌いだ!

…なんてガキっぽい事なんてイチイチ
言わないけど、嫌いなもんは嫌い。

別段、祝ってる人たちのお祝い気分に
水を差す気も、ラブラブバカップル達の
一大イベントもぶっ潰す気も無いから、
メディアを通して言った事なんて無い
けどさ。

だから、メンバーも俺がクリスマスが
嫌いだなんて知らない筈。

特に興味が無いってくらいに思ってる
んじゃないかなー。
わざわざ言う気も無いし。

俺も子供の時はサンタだ何だと浮かれて
いたし、クリスマスのプレゼントだって
楽しみにしてた。
前の日は誕生日で、母さんがちゃんと
誕生日もクリスマスもささやかながら
お祝いしてくれてたし。

だけど、もう今は。


昔よりは数段、良い暮らしってヤツを
してる。俺も母さんも。

俺は所謂神童って奴で、子供の頃から
記憶力や計算力が高くて、地域の算盤
(そろばん)大会じゃいつも上位入賞。
全然年上のライバルにだって負けた事
なんて無かった。

全国大会とかは家の都合、まぁハッキリ
言っちゃえば経済的理由っての?で
行けなかった。
母子家庭で母さん1人のパートの稼ぎで
休みの日こそ稼ぎ時なのに大会会場まで
送り迎えとか無理だったし。
あんま人付き合いの上手い人じゃ無くて
他のママさんに頼むとかも出来なかった
っぽい。算盤塾の先生が送り迎え位して
あげるから、と大会出場を強く推したり
してたけど、やっぱそんなんにも頑なに
遠慮してて。元からのそんな性格と、
有り余るほどの教育熱心さがどうも
離婚の原因らしいし。

でも、俺はそんなの全っ然気になんて
ならなかった。
それ所か、俺が出てたらあんな奴らより
絶対上位なのに…なんて変な自信も
あったし、実際それだけの実力もあった
から無冠の王者な気で居たし。
今思えば相当可愛げのないガキだった
事だろう。
それは今でも変わんないんだけど。

教育熱心な母親と天才児と言われる程に
成果の上げられる子供のチームワークは
鉄壁で、俺と母さんは貧しくとも楽しく
暮らせていたと思う。

それが俺が小学校高学年の時、イキナリ
崩れた。

母が再婚したのだ。

中小企業社長でバリバリやり手の義父。
パートをしていた母さんを見初めた。

グンと上がった生活水準。
変わらず神童の俺。
愛想だけは良かったから、問題なく
新たな家族は出発した。

広い自分だけの子供部屋。
塾も習い事もグレードアップし、一流の
先生が付き、学校も私立へと移った。
俺が小学校を卒業する頃、弟が出来た。
義父と母との間に。

別にヤキモチを焼いて手を焼かせる様な
歳でも無かったし、それはそれで母が
幸せになるなら…なんて割り切ってて。

でも実際には、弟が生まれた事で、俺は
新しい家族に成りきれなかった。

DNA上、間違い無い家族の親子と
異分子の俺。…何処かそんな感じが
拭い切れなかった。
それを上っ面だけの家族のフリして、
何とか繕って。でも中小企業とは言え、
経営者である義父はやはり人を見る目が
あったらしく、俺は次第に頭は良いけど
素直さの無い、扱い難い子供という
位置付けになった様だ。

そんな頃、学校の友人の姉の応募で今の
事務所の書類審査通過の通知が来た。

全寮制の人気アイドル最大手事務所。
芸能界に憧れなどは無かったけど全寮制
そして中学生如きで身を立てられる仕事
というのが最高の魅力で俺は二つ返事で
契約をした。
母は渋ったが、義父の決定により俺の
柵(しがらみ)は外された。

あれから7年。
国民的人気アイドルグループWaveの
一員として俺は一線で過ごしている。

経済的にも立場的にも、何も困る事は
一つも無い。所謂勝ち組の俺だけど、
そんな俺が唯一塞ぎ込む程嫌いな日が
クリスマス。正確にはクリスマスイブ。

貧しい母子家庭の頃は当たり前だった
24日の誕生日のホットケーキみたいな
母の手作り誕生日ケーキ。
翌日の25日は閉店ギリギリ売れ残りの
クリスマスケーキ。
2人家族には大き過ぎるケーキは翌日の
朝ご飯にもなって。

今思えばビンボーくさいホットケーキも
全国チェーンのゴテゴテクリームの胃に
モタレるクリスマスケーキも、全然
大したもんではなくて。
今の俺、…美味いパティシエのケーキ
なんてのの味も知ってる今の俺なら、
きっと完食なんて出来ないだろう。

でも、母が再婚し…母の手作りの歪な
ホットケーキが有名店のケーキになり、
翌日はまたクリスマスという事で別の
有名店のクリスマスケーキ。

そうなると、流石にケーキが2日も
続くとキツイから…と俺の誕生日は
クリスマスと一緒にする事で、やたらと
豪華になった。
そうなってしまうともう、誕生日も
クリスマスもどうでも良くて。

そんな感覚が染み付いてしまったから、
世の中のクリスマスムードと俺の中での
12月24日25日の温度差は開くばかり。

恋人が出来ても、クリスマスムードに
浮かれる彼女へ、わざわざ自分のその
温度差を話す事は出来なくて。
結局彼女の為に奔走するクリスマスのが
メインになって、俺の誕生日は何だか
その為の前哨戦的な感じが拭えない。

こんな虚しい気持ちになるのならいっそ
と、その時期は仕事で埋めてしまおう
って事になり。結果恋人とは疎遠に
なりがちで。

だから、余計にクリスマスが大っ嫌いに
なってしまった。


この日も彼方此方でメリークリスマスを
聞きながらロケだの収録だのを次々
熟(こな)して、生放送ではメンバー総出
ドッキリ企画らしい誕生ケーキを貰い。

俺は翔の様子から事前に察知しながらも
驚いてみせる大人の対応で遣り過し。

クリスマスブルー(ってのがあんのか
知らないけど。)を引き摺りながら、
テレビ局を後にしようとした深夜。

運転席に乗り込む俺に、息を切らした
咲ちゃんがノックノック。


「え? 咲ちゃんどうしたの?」

「っ、まだ…ッ、りょ…たくんはっ
局に居るって…っ、聞いて…!」

「息落ち着くまで喋んないでいいよ?」

「ご…っ、ごめ…」

「いいから。」



「は……ぁ…、」

「落ち着いた?」


パパラッチが居ても面倒だから、彼女を
乗せたまま発進して。テレビ局の裏手の
海の誰も居ないテトラポットの近くに
停車する。


「うん。…その…、ごめんね?
帰るとこだったんでしょう?」

「うん大丈夫。帰るだけだったから。」

「…よかった。」

「何?」

「あのっ、多分彼方此方からも戴いてる
と思うんだけどっ。…そ、それに、
時間が無くて、大したものじゃないん
だけど…コレ…。」


差し出されたのは、如何にも手作り!
って感じの(たぶん)ケーキの箱。


「…これ…、咲ちゃんが
作ったの? 俺の為に?」

「ぅ…ん。」

「開けてもいい?」

「う、うん…。あまり期待しないでね?
今回、全然時間が取れなくて。
だから私…」


何でそんなに自信無さげなの。
追い掛けてまで渡してんのに。

くくく…とつい、笑いが漏れる。


「もー亮太くん…っ!」


真っ赤になった咲ちゃんが俺を
可愛い顔で睨み上げて。


――あーもぅ可愛いったら。


でも、可愛いのはその顔だけじゃ無く。

そんな彼女の顔を見ながら、そっと箱を
開ける。



「 ! 」


開けた箱にはホットケーキ。
あ、いや、今時だとパンケーキ?

綺麗にデコレーションされて、イチゴや
ベリー類が溢れんばかりに盛られ斜めに
重ねられたそれは。

母のそれよりもずっと豪華で可愛くて
美味しそうで。
思わず喉の奥が詰まる。



「ハッピーバースディ! 亮太くん!」




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