Event 1

□冬の友
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【 冬の友 】


夏には夏、冬には冬の楽しみがある。

それはまだ駆け出しの咲にだって
当然のことで。

冬毎の楽しみな行事としてはお正月の
恒例、家族旅行。

…だったのだが。



デヴューしたての頃は、まだテレビに
限らずお仕事も少なくて、お正月休みも
普通に貰えてた。(それは芸能人として
喜ばしい事じゃ無いんだけど)

大物になれば、お正月はその前に収録
してる番組でまるっとお休みが取れる、
らしいけど…売れ出してから中堅までは
その収録を流す番組に生出演出来る事が
光栄なお仕事で。

正に今回の私はそれに当て嵌まり。
まだまだ新人ながらも、あの神堂さんの
プロデュースでヒット曲にも恵まれ、
日本を代表するロックバンドJADEと
恐れ多いコラボなんてのもさせて頂き。
何曲もの神堂さんが作って下さった曲と
コラボまでさせて頂いた結果、今年は
色んな部門でノミネートされた上に
幾つもの賞を頂くという輝かしい年と
なった。

沢山歌って、そして語って。
目紛(めまぐる)しい年末。

女優としての初めての活動は、その私の
初コラボ曲を挿入歌として使ってくれた
その年の春先の連続ドラマだった。
あの時の主演は隼人さんで、私はその
妹役。恋愛ドラマだったから私の出番は
ほんの少しだけだったんだけど、何故か
高く評価して頂けて、秋にはその次作の
ヒロインに抜擢して頂いた。
しかもそのドラマは監督や脚本、更には
共演者にも恵まれ、その年で1番の
大当たりと言われてて。

初めてのお仕事でご一緒した実力派で
有名な隼人さんとその先輩の相馬さんは
このドラマ以降も共演させて頂いて。
もう何度目になるのだろう。隼人さんも
相馬さんも何も知らない私に、女優と
しての大切な事を時に厳しく、また
根気強く教えて下さった。
私にとって歌のお師匠様が神堂さんなら
女優としてのお師匠はお二人。

隼人さんは口調は厳しいけど優しくて。
相馬さんはいつだって大人でベテランの
貫禄で私を見守って下さってて、絶えず
隼人さんに怒鳴られ落ち込む私に、
隼人さんのぶっきら棒さに隠れた真意を
伝えて下さった。
隼人さんの厳しい指導と相馬さんの的確
だけど包み込む大きな優しいフォローは
私の糧となり、仕事への向き合い方を
私に教えてくれた気がしている。


それに、初主演ドラマでの初共演で私の
彼氏役だったWaveの京介くんとは
実は偶然にも同じマンションの階違いで
あの共演以来、仲良くさせて貰ってる。

京介くんはトップアイドルなのに、全然
下っ端の駆け出しの私にも優しくて
(時々凄く意地悪な事を言ったりするん
だけど、どうやらそれは京介くんの愛情
表現らしく。)ドラマを通じた縁だけど
同じマンションなのもあってか気さくな
京介くんは休日が合えば、プライベート
でも部屋に上がって一緒に食事をしたり
凄くリラックス出来る相手になった。

…またそのご縁でなのか、Waveの
冠人気番組に何度もゲストとして呼んで
貰ったりして。
今ではWaveのメンバー全員が揃って
京介くんのお部屋でお鍋や他のパーティ
する時に呼んで貰える程に皆さんとも
親しくなって。

他ドラマでの双子役で一緒して、また
私の初舞台で共演した亮太くんも、
それまで少しだけ遠巻きだった距離を
グンと詰めてくれて、今ではすっかり
お茶飲み友達。紅茶については店員さん
みたいに詳しい亮太くんには色々教えて
貰ってばかり。

Waveのセンターの翔くんはいつも
向日葵みたいな笑顔で、私もこんな風に
ファンの方を照らしたい!ってお手本。
なのにいつだって弟のまーくんみたいに
人懐っこくて。いつも翔くんの明るさに
ほんわかさせて貰ってる。

落ち着いたリーダーの一磨さんはいつも
メンバーの皆さんにも私にもお兄ちゃん
みたいに接してくれて、見てくれてて。
さり気ないフォローに助けられて。

Waveの中では1番物静かで口数も
少ない義人くんだけど、実はとても
優しくて気配りの人。誰かが困った時に
さり気なく出されるアドバイスに私も
何度窮地を脱したか知れない。

芸歴も実力も雲泥の差だけど、年の近い
彼らとの交流は、烏滸がましいけど…
現場でも会える数少ない友人という位置
付けで私の過ぎる緊張を、いつも自然に
和らげてくれている。


そんなこんなで、今年になって急激に
増えた活動の場。
お陰様で、元から山田さんが売り込みに
力を入れてくれていた歌やドラマだけで
なく、バラエティにもよく呼んで頂ける
ようになり、今年は更にお笑いでかなり
人気の宇治抹茶さんの高視聴率情報番組
にもメインアシスタントとして出演を
させて頂いている。

毎回知らない新しい情報は私にとって
その情報そのものの勉強と、テレビでの
リアクション方法なんてのを松田さんや
慎之介さんに学ばせて貰って。
その、自然な笑顔の溢れる現場はお仕事
なのに楽しくて。私はお二人に笑わされ
ながら伸び伸びと様々な事を学ばせて
貰い、それを即座に実践させられて。

こんな地味な私が、少し外に出ただけで
声を掛けられたり、囲まれたりする程に
なったのはこの番組のお陰。
いつも突っ込まれてばかりの私に、番組
視聴者の皆さんは愛着を持って声を
掛けて下さって。お爺ちゃんお婆ちゃん
から、小さな子にまで『咲ちゃん』
って呼んでもらえるようになった。


この急な展開には、誰よりも私自身が
一番信じられなくて。


「咲ちゃーん! そろそろ出番!」

「失礼。出番なのでサインも握手も、
その方で最後で。」

「えぇー! そんなぁ!!」

「ごめんなさい!」

「出番だ。咲、急げ。」

「あ、はい!…あの、すみません。
呼ばれてしまったので、後の方は失礼
させて下さい。ごめんなさい。」

「早く。」


囲んで下さった一般の方々にしていた
握手やサインを中断して、現場に戻ろう
にも、囲まれてて動けない。盾になって
くれている山田さんが道を掻き分け、
私を送り出す。早く行く様にと押される
背中。でも、私は何も出来なかった方に
申し訳なくてペコリと頭を下げる。
もっと手際良く出来ていればこんなに
中途半端にならなかったのだけど。


「咲ちゃーんっ!」
「応援してるからねー!」
「次は絶対握手してー!!」


後ろから大きく叫ばれる声に、もう一度
振り向いて、手を振って頭を下げる。

ファンの方々との現場での交流は、
何度してても、私は手際が悪くて。
いつも山田さんに注意されてる。
でも今日は。


「どれだけ売れても腰が低いのはお前の
美点だな。お陰でファンの質も良い。」

「え?」

「お前がファンを大事にするからこそ
ファンにも無理難題を押し付ける輩が
少ない、と言ったんだ。」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。」


私は他の方のファンの様子は分からない
けど、今まで色々なタレントを生み出し
付き添って来た山田さんが言うのなら
きっとそうなのだろう。
よく分から無いけれど。

こうして、私の芸能人生は華麗と言える
転機を迎え、山田さんと一緒に頑張って
いる毎日。


――ふぅ…。

「どうした。…疲れたか。」

「あ! いえ! そんな。」

「もう1ヶ月以上、丸1日のオフを
取ってやれていない。そろそろ疲れが
溜まってきて当然だ。…今年はお前の
実家行事の家族旅行にも行かせてやれ
なかったからな。…すまん。」

「そんな! それって、今売れて来て、
お仕事が沢山入ってるっていう喜ばしい
事じゃないですか!」

「それはそうだが…俺としてはもう少し
緩やかな曲線で売れ、伸び上がって行く
予定だったのだがな…。」

「神堂さんの力って凄いですね…。」

「いやそれだけで此処までは…いや、
…ああ、そうだな。神堂さんには感謝
しなければならないな。」

「はい…!」


力一杯頷く私の頭を山田さんがぽふぽふ
撫でる。何だか凄く褒められた気がして
嬉しい。


「えへへ。」

「…これからも気を緩めずに頑張る
ように。勿論俺もサポートしていく。」

「はいっ!」

「新年早々、正月番組の中継ロケで
海外だ。先日渡した荷物リストはもう
詰めてあるか? パスポートは俺が管理
してあるからいいとして、細々とした物
…特に衣類などはモモにも確認しておけ
他のスキンケア用品などもな。」

「あ! モモちゃんの予定も取れたん
ですか?! 他のお仕事とかち合いそう
って聞いてたから、今回は無理なのかな
と思ってたのに。」

「…あのモモがそう簡単にお前との
海外を諦める筈が無いだろう。」

「え?」

「いや、何でもない。」

「?」

「ほら、出番だ。行ってこい。」

「はいっ!」






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