Event 1

□ダイキライ。
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【 ダイキライ。 】


ドキドキワクワク。
でも、チョットだけウキウキ。

今日は4月の1日、エイプリルフール。

こないだのライブの打ち上げの時に、
冬馬さんが言い出して、皆さんまでも
面白がって、この計画。

私は最初、出来ませんって断ったの。
だって、嘘つく相手は神堂さん。

そんなの出来る訳ない。
あの何処までも透き通った澄んだ目で
正面から見つめられて嘘を言うなんて
出来っこない。

そう言ったし、思うんだけど…。
でも、乗せられたのは冬馬さんの
この一言。

『咲ちゃん、あの春サマのレア顏
見てみたくない?…それにー意外な一面
知れるかもよ? たった一言の嘘で、
本当の春サマの顔見れるかもだし。』

耳元で囁かれた誘惑。
きっと多分、皆さんには私の気持ちは
知られてて。


私は、神堂さんに恋をしていた。
いつの間にか。


私の唯一のプロデューサーで、心から
尊敬してる神堂さんに対する気持ちが
恋に変わるのに…そう大して時間は
掛からなかった。

その澄んだ瞳。
いつだって正面から真っ直ぐに私を、
全てを見据えて。
ネコ科の大型の動物のように音も立てず
歩く美しい後ろ姿を何度目で追ったこと
だろう。

そして、特筆すべきはその手。
四角く長い指が滑るように鍵盤を走る。
スコアの上も撫でるような軽さで、でも
色濃く美しい音階が書き込まれていく。
私のボイストレーニングではその手が
私の喉元や背中、呼吸を意識するように
とお腹に触れる。
そっと触れるか触れないかの感触で。

それなのに私はその度に電気を流された
かのように其処からゾクリと肌が粟立ち
ドキドキを繰り返す。
もう、レッスンを付けて頂いて1年にも
なるというのに。

ううん、1年経ったから、なのかも
しれない。だって、最初の頃は唯ただ
緊張して何が何だか分からなかったし、
少しずつ慣れてきた頃はその指示に添う
のが精一杯だった。

でも、1年も経つと…神堂さんのその
微細な表情の変化が分かるようになって
その何処までも澄んだ瞳の奥に映る
熱さや、優しさ、それに…時折、私が
ちゃんと彼の楽器に成りきれた時、その
瞳に満足げな色が見えるのが嬉しくて。

…その瞳に魅せられた。


神堂さんに褒められたい。
見つめられて、満足気に細められたその
目に映りたい。そう想って。

気が付けば、尊敬する人ってだけでなく
男の人としての神堂さんにときめいて。


神堂さんに浮いた噂はない。
週刊誌に載ったのはもう何年も前の
モデルさんとの事と…初めて彼が手掛け
コラボまでした私の事くらい。
私に関しては…全然そんな事無い、
根も葉もない噂に過ぎなかったけれど。

でも、本当は嬉しかった。

私が神堂さんの横に並んでもそんな風に
見て貰えるんだって思ったら。
…そんなの烏滸(おこ)がまし過ぎて
口には出せないけど。

少しでも近づきたいって。


そして、そんな私の気持ちはJADEの
皆さんにはお見通しみたいで。
神堂さんがまだ来られてない時に
揶揄(からか)われてしまって。


「春が居ないと寂しい?」


以前…打ち合わせでスタジオに行った時
突然の冬馬さんの言葉。
あまりに唐突に指された指摘に完全に
狼狽(うろた)えてしまう私。


「えっ?! そっ、そんな事ありませんっ
わ、私は今日ただ打ち合わせに…!」

「いーからいーから。可ぁ愛いなー
いいなー春が羨ましいぜ!」

「あまり揶揄ってやるなよ。
咲ちゃん真っ赤だろ。」

「っ! そ、そんなことっ!」

「秋羅、冬馬。いい加減にしろ。
…咲ちゃん、ごめんね?」

「う…、あ、あの…っ」

「大丈夫、誰にも言わないから。
もちろん春にも。」

「なっ、夏輝さんっ!」




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