Event 1

□月に寄せる歌
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【 月に寄せる歌 】



――え…? あれって…。


NYへ移り住んで、漸く知名度が上がり
出した最近。

俺らJADEは色々と忙しくなり…

俺らメンバーでもそうなのに、春なんか
個人的なマエストロ(ドイツ人指揮者で
春を認めている巨匠の1人)関係の仕事も
入って一体何時休んでるんだか、って
状態で。

でも春は凝り性っていうか、もう夢中に
なると周りが見えなくなるから…。

こんなに忙しくなって、攫うようにNY
まで連れて来た、愛しの咲ちゃんと
ちゃんと話せてんのかなって心配はして
いたんだ。…実は。

咲ちゃんもこっちに来て色々地道に
活動してるけど、最近は俺らも一緒には
活動出来て無いから様子は気になってた
…春に訊いても「地道に活動している」
ってだけで埒明かなかったし。

近々彼女も誘って食事でもしなきゃなー
なんて思ってて。

そんな状態で今日も俺らはクライアント
との打合せの帰り、スタジオへ向け移動
してたんだ。

春は連日のハードスケジュールで車の中
転寝してて、俺らは馬鹿話しながら。

俺はスタッフの運転の助手席に乗ってて


…見てしまった。


いや、まだ判んないけど

うん…まさか有り得ないし、彼女に直接
確認取ってからじゃなきゃ誰にも…特に
春には話せないけど

彼女が…
春の同棲中の恋人、咲ちゃんが
ラテン系イケメンと並んで歩いてるのを
しかも腰を抱かれて親密に。


通り行く場所は一流ホテルと歌劇場が
並んだアッパーな通り。
言っちゃなんだけど、まだ彼女が行き来
するような場所じゃ無くて。

そんな場所で、その男…誰?!

本当は今すぐ車を飛び出して彼女に確認
したいくらいだけど、でも今そんな事
したら、余計な騒ぎにしてしまうかも
しんなくて。

俺はまだ話し続けてるスタッフの言葉に
生返事しながら彼女を目で追った。


親密な距離感。

腰に回された手は慣れた感じで、その男
明らかにラテン系。俺ら日本人には無い
華やかな笑顔で彼女をエスコートし…
彼女も恥ずかしそうな様子はあるものの
決して嫌そうな感じじゃ無い。

これで少しでも嫌そうな素振りがあれば
即行車を飛び出して掻っ攫いに行くのに

…そんな雰囲気じゃ無くて。


俺はもう頭ん中グルッグル。

今この状況をどうしたらいいのか、
いや、出来る事なんか何も無いんだけど
それでいいのか…?!って葛藤して。

そんな俺の様子に気づいたらしい秋羅と
冬馬が、後ろの席で俺と同じように息を
飲むのが分かった。


――あっ、ヤバい…っ!


「おい、あれ…」

「冬馬! 途中あのクラブサンド買いに
寄ろうか!…ここからならスタジオ迄の
途中だしっ」

「え、なっちゃん今はそれ所じゃ…」


「……だな。俺はベーグルにするかな」

「だろ?! 春もベーグルでいいかな。
宮部はどうする?」

「あーいいですねーじゃあ俺はマフィン
かなーベーグルは喉に詰まるんすよ。」

「あ…ははは、
じゃあ悪いけど途中で立ち寄って。」

「はい、了解っす。」


咄嗟に合わせてくれた秋羅の機転に感謝
しつつ、俺はもう頭ん中グルッグルで。

兎に角後ろの2人には春を起こすなと
ゼスチャーして。

俺らのそんな様子に気付いた様子は無い
春とスタッフを横眼で確認。



――…どうしよう、か。



こんな季節なのに俺の背中は冷や汗で
ベタベタ。

秋羅も冬馬もその後は口数も少なくて。

俺らは変な空気のまんまスタジオへと
移動したのだった。



*
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