Event 1

□臥薪嘗胆
1ページ/7ページ

【 臥薪嘗胆(がしんしょうたん) 】
=成功するために苦労に耐えること



「咲ちゃ――んっ!!」
「咲〜〜〜ッ!」


飛び交う黄色い声。
生放送の正月番組でスタジオから出て
街頭ロケでの登場を控えている間。

すっかり知名度も上がり人気者の俺の
タレント咲は警備スタッフにより
押さえられたファンに呼ばれ捲り…。

出番まで直ぐという事もあり、サイン
などファンの期待に応える事は出来ない
までも、和(にこや)かに手を振り、また
会釈をし、腰も低く対応する咲に
満足しつつ、顔は顰(しか)めて。


『厳しいマネージャー』
それがこの様に咲に張り付き常に
目を光らせている、このスタンスが大事
なのだ。

何時だって笑顔で、誰にでも親切丁寧な
彼女は、天然で可愛らしく…我が社の
ドル箱スターだ。

これは何も身贔屓で言っている訳では
無く、見出した俺もが驚く程の輝きで
周りを魅了し、今やテレビで見ない日は
無い。デビュー3年目にしてレギュラー
十数本など、弱小事務所のラビットから
輩出したタレントで無くとも驚異的だ。

歌の才能をJADEの神堂春に磨かれ、
元からの天然さと愛らしさでバラエティ
にも引っ張り凧、挙句才能だけで無く、
人にも恵まれドラマの主役にも抜擢され
今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。

それなのに、彼女はその真面目な性質は
そのままで、驕り高ぶる事も無く。

そんな彼女は番組スタッフは勿論、その
共演者をも魅了し、番組へのレギュラー
出演オファーは後を絶たない。
今回も、正月番組の生出演が時間差で
幾つか立て込み、彼女はこの松の内は
テレビに出突っ張りとなっている。

…正月の家族旅行くらい、休みを取って
遣りたかったんだが…。そう渋く思うも
彼女を欲してくれている番組が多々ある
のは事務所としても有難く、咲には
申し訳ないが、年末年始は多忙を極めた
分刻みのスケジュールとなっていた。

今日もこのロケが終わればスタジオに
ダッシュで戻り、番組終了と同時に別の
テレビ局まで即移動だ。着替えやメイク
の時間すらギリギリだから、この数日は
モモを専属契約で付けてある。
移動の車の中、メイク直しやヘア直しを
遣って貰い、食事ですらこの移動の間に
済ますというハードさなのだ。

正直ここまで過密にする気は無かった。
ちゃんと彼女にとって有益な番組だけを
チョイスし、合間の移動時間も睡眠時間
もしっかり確保出来る予定を組み込んで
いたにも関わらず、断れない筋の依頼が
入り、一度引き受けたオファーの一部を
如何にか他のタレントで差し替えて凌ぐ
つもりだった。

だが、それで受けた電話での遣り取りを
聞いた咲が、ギリギリの過密さで
でも動ける様に手配してくれるのなら、
私が出ます、と了承してしまった。

俺としては…こんな無理などさせたくは
無かったのに。

だが事務所としては有り難い、という
のが正直な所で。
だから、この年末年始進行は事務所と
しても、俺個人としても全面的に彼女の
バックアップを誓って行動していた。

先ずは咲を最優先で。
うち所属の他のタレントやマネージャー
には申し訳ないが、今ラビットを支えて
いるのは確実に咲で、またその
彼女自身が献身的に尽くしてくれるもの
だから尚の事、誰も文句を言える筈も
無い。咲が頑張れば頑張るほど
仕事は増え、うちの他タレントも彼女の
バーター(同伴出演)として出番が増える
のも確実なのだから。

まぁ、多少のヤッカミはあるだろうし、
他事務所タレントからすれば面白くない
事この上ないだろうが…デビューしたて
の頃と違い、知名度も人気も、それ故の
メディア露出度も高い咲に対しての
明らさまな嫌がらせは減っている。

…無い事は無かったが。

だが、彼女が呼ばれる番組には大体に
おいて彼女贔屓の共演者が居り、彼らが
彼女のナイトとして俺の手の届かない
舞台の上で守ってくれている事も大きい
…それが、実は歯噛みする程悔しいなど
絶対に言わないが。

そう、咲と俺は実は恋仲にある。

それは二人共通の友人であるモモと、
事務所内では社長と古参の経理、藤根
しか知らない(あと、諸事情により
JADEにも知られてしまったが)事実だ。

彼女の両親には近々挨拶に行かねば、
とは思っているが…まだ行けていない。

この年末年始進行が終われば行こうと
思っていた。



*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ