Event 1

□敬称略のラプソディ
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【 敬称略のラプソディ 】


俺は人気アイドルグループWaveの
リーダーで。自由奔放なメンバーを纏め
率いて導いて。

…そんな役目の器じゃないのに、一度
引き受けたからには蔑(ないがし)ろに
する訳にもいかず。

人気は、万人受けしてるのは翔。
圧倒的な女性票は京介。
頭が良く、口も回り…何でもそつなく
こなす亮太。
声が良く、ダンスも上手いのは義人。

そんな中、真面目なだけが取り柄の俺は
必死に努力してる身なのに、そんな俺が
リーダーなんて。
…でも、かと言って自由なあいつらに
こんな雑務だらけのリーダーが務まる
とも思えず。

そう、リーダーとは名ばかりの雑務係と
でも言うのだろうか。この、自由奔放な
メンバーにマネージャーから伝えられた
スケジュールをちゃんと把握させ、その
分刻みの動きを促し、また偶に起こる
小競り合いの仲裁をしては気落ちした
メンバーを掬い上げフォロー。

元々そう言うのが放っておけない性格
だから、苦ではないけど時々別に俺で
無くても…なんて考えてしまう。

もう直ぐ結成10年の節目だって来そう
なのに、未だ燻るこのコンプレックス。

それでもやっとミュージカルに活路を
見い出し、座長を務め。

10年目にしてやっと自信も付いてきた、
なんて思ってた矢先に。

俺らの前に現れた咲ちゃん。

いや、彼女のデビューはもう3年程前
だから最近の事って訳じゃ無いんだけど
今みたいに俺らとの距離が近くなった
のはここ1〜2年。

デビューして直ぐJADEの神堂さんに
見初められ、生放送でJADEの生演奏
バックに出だしがアカペラなんて鮮烈な
テレビデビューを果たして以来、様々な
困難はあったようだけどトントン拍子で
表舞台に現れた彼女。

小さな事務所なのに、その素晴らしい
才能と愛くるしい見た目、そしてそれを
裏切らない気立ての良さで歌番組だけで
なくバラエティやドラマに舞台、更には
俺と同じミュージカルにまで活動分野を
広げて。

…正直、彼女が男でこれが同じ事務所
だったりしたら物凄い脅威だ。

でも

彼女は女性で、小さな別事務所。

そんな彼女を色んなものから守りたいと
思ったのは何時からだろう。

そう、きっと始まりはメンバー。

可愛らしい彼女は直ぐにうちのメンバー
にも気に入られて。
一目惚れに近い翔はともかく、女性には
手の早い京介は勿論、普段なかなか気を
許さない亮太や義人までも彼女の魅力に
捕まって。楽屋に彼女が挨拶に来たら
いつもガチャガチャと争奪戦みたいに
なるようになって。そんなあいつらの
様子にいつも微笑んではいるものの、
時折困った様子でタジタジになってる
彼女を放って置けなくて庇い出したのは
何時からだったか。

その度に『ありがとうございます、
一磨さん…。』と微笑む彼女に癒され
ホッとして。今ではメンバーだけでなく
番組MCやプロデューサー、または他の
共演者でも。彼女が困った様子の時は
必ず俺らのメンバーの誰かが気付いて
フォローして。…JADEの水城さん程
あからさまではないものの、すっかり
業界じゃ彼女はWaveとJADE(だけ
ではないけれど)のお気に入りって認識
になってる。…実は後々それも彼女が
やっかまれてた原因だったと知ったのだ
けれど…。

でも彼女はそんな事を噯(おくび)にも
出さず。…そんな彼女だから俺らは皆
彼女に惹かれたのだけれど。

実際彼女はお茶の間だけでなく、演者や
スタッフにも人気で。最近じゃマスコミ
ですら彼女のファンがいる程で。

とても近しい俺らと彼女の距離。
楽屋にもいつも彼女が挨拶に来ては皆で
引き止め長居させて、彼女も楽しそうに
してるから尚、距離は狭まって。


そんな彼女は俺の事を『一磨さん』と
呼ぶ。俺にだけ一磨『さん』と。
他のメンバーは皆『〜くん』呼ばわり
なのに。

それは彼女から一目置かれているとも
思えたが、それと同時に…他のメンバー
よりも距離を置かれている気がして。

JADEの面々だって『さん』呼びなの
だから、距離の問題なんかじゃないとも
思いつつ。



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