Event 2

□大晦日
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【 大晦日 】


年末年始は特番ラッシュで、私たち芸能人に
とっては大きなお休みを取るチャンスだ。

もちろん売り出し初めの頃はバンバン生出演
オファーをお受けして大晦日からお正月の間
着物を着て局から局へと分刻みで走り回って
いたのだけれど、デビューからもう何年も
経とうする今は事務所の後輩たちがその役を
担い、私はゆっくりとお休みを貰えるように
なっていた。


「ふあぁ…」

「もーなぁに? ダラダラしちゃって!
さっき起きたトコなのにもう欠伸? …んん、
『まだ』って言った方が良いのかしらね」

「えー…だってぇ…昨日で全部する事が
終わっちゃったし…暇なんだもん。」

「『だってぇ…』じゃないでしょ、んもぅ!
おコタ(炬燵)に入って背中丸めちゃって。
ふふ、でも学生の時を思い出すわねぇ…
…そんなに昔の事じゃない筈なのにすっごく
懐かしく感じるのは歳なのかしらね…。
ほら…滅多に無いフリーの日なんだから、
みかんでも食べてゆっくり実家タイムを堪能
してなさいな。」


お母さんと昨日でお節の仕込みは済ませた。
後で最後の仕上げとお重に詰める予定。
久し振りに立つ実家の台所には…幾つか、
私の知らないキッチン家電なんて増えてて
嬉々としてそれらを説明する、お母さんの
怒涛のプレゼンを受け、私も使ってみたり
して。ちょっと私も欲しいなーと思ったのは
低温調理器具。ウチにも真空パウチの機械は
あるし、お仕事に行ってる間に作れてるのは
便利そう。…でもこれ以上荷物を増やすのは
なぁ…。

そんな事を思いながらダラダラと過ごす実家
でのお正月。

最近、こんな時間を過ごす事なんて無かった
から…過ごし方が分かんなくなってる。

分刻みの移動とお仕事。
それから『芸能人』という特殊な立場。
いつの間にかそれらに慣れてしまっている
自分が居る。…実家でのこのゆったりとした
時間がもどかしくなるくらいに。

…こないだまでは特に忙しかったから。
近年稀に見るハードスケジュールで。
マスコミにも追いかけ回されて。

あんなにまでも執拗に追い回されるとは
思ってなかった。実家にも迷惑を掛けて、
もう今は小さくはない事務所総出で対応して
貰って、弁護士さんや警備の人まで手配して
貰って。…もうあれから半年も経つのかぁ…

彼との仲が発覚したのはもう2年も前の事
だった。…そして破局報道で世間を騒がせた
のが半年前。

私の恋愛一つであんな騒ぎになるなんて。
…確かに私もあの頃、かなり気落ちしてて、
しかも丁度過密なスケジュールな上にずっと
マスコミにも追い回されて…睡眠不足と過労
なんて重なって肉体的にも精神的にも限界で。

だから、ミステイクも多くてそれがまた何処
からか記事になったりして。

それももう落ち着いて。
あの時はあんなに欲しかったお休みなのに、
実際に頂いたら…何して良いか分かんない
なんて。

『…芸能界に毒されてるな』あの頃の私に
そう言ったのは隼人さん。
あの頃の私には…控え室に入って来てまで
言われた溜息混じりの一言もダメ出しにしか
聞こえなくて、決壊して…その場で、あの
隼人さんの目の前で泣いてしまったのだ。

言葉にもならない私の嗚咽に、一瞬驚いた
ように立ち尽くしてた隼人さんだけど、結局
私が泣き止むまで側に居て下さって…ただ
黙って『全部吐き出しちまえ』なんて言って
私を余計泣かせたの。

…あれから半年。

信じられないくらい平和な日々。
こうして実家でゴロゴロ。

あの時の急な体調不良という名目のお休みで
事務所の後輩たちが頑張ってくれて…闇雲
だったお仕事の整理に繋がった。

…実際、3日程は確かに入院はしたんだけど
点滴だけで退院した事実とは違って、あの時
世間向けの発表では2週間以上入院が必要な
『体調不良』って事になってて…山田さんが
お仕事の調整をしてくれたの。
私以上のハードスケジュール続きになって、
全然目の下にクマを隠しきれてないのに
『丁度良いタイミングだった』なんて言って。

…私はきっと、ううん絶対一生山田さんには
頭が上がらないんだろう。この時もだけど
今までもこれからも…ずっと私を守って来て
くれてて、いつだって私の事を第一に考えて
くれて。

今回だってそう。
『折角だから今年は家族水入らず、久々に
ゆっくりとした正月を過ごすと良い』なんて
言って調整してくれたのだ。

…お陰で11月の特番ラッシュのスケジュールは
分刻みどころか秒刻みで…山田さんと一緒で
なければ到底クリア出来なかった。

…なのに、『どうしても調整出来ない出演が
立て込んですまない』なんて謝るのよ?
山田さんが朝早くから夜遅くまであちこちに
頭を下げて調整しようと走り回ってたのを
私は知ってる。

…だから「私は大丈夫ですよ! だって山田さん
絶対睡眠時間とか確保してくれてますもん」
と笑ったのだ。あのハードな日々でも。



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