Event 2

□KNIGHT
1ページ/5ページ

【 KNIGHT 】
(ナイト:騎士、献身的な人)


ホント驚いた。
あの咲ちゃんがねぇ…?

何の話かっていうと
ヤキモチ? 啖呵? 愛情表現?

…つまりは愛しの彼の過去のオンナの話。
まぁ相手はあの堅物の徹平ちゃんだから
過去は過去、全然疾しさのカケラも無い
ハナシなんだけど。

あいつにトラウマ、植え付けやがった
過去のオンナが絡んで来た案件。
アタシが追い返してやったんだけど、
あの子、咲ちゃんったらいつもは
てんで鈍いのにこんな時ばっかり女の勘
なんて男には謎な機能を発揮させちゃって。

その場は何とか掻い潜りその女はアタシが
二度と変な気を起こさないよう釘を刺して
追い払い、一応その場は無事大団円で、
徹平ちゃんも後からちゃんと彼女への
フォローだってしてた筈。

なのに、かなり経って…アタシもその事を
忘れた頃にふと出た会話。


「――モモちゃんは山田さんとは学生時代
からのお付き合い、なんだよね?」

「そぅよぉー? もうこうなると腐れ縁も
腐っても鯛とでも言うのかしら?」


アハハと笑って答えたら、そんなアタシの
トーンと真逆な声が。


「…あのっ、こ、こんな事聞くのって
どうなの?なんて思ったんだけど…その、
や、山田さんの…元カノさん、の、こと
…知って、るよね…? えっ、あっあのっ
無理に聞き出したい訳じゃなくって!
その…っ、あの…前に…山田さんに声を
掛けられてた…カナコさん、ってどんな方
だったのかなぁ…って。…っていうかっ
何で別れちゃったのかなって…あっその
理由が知りたいって言うよりっ…ううん、
知りたいんだけど…その、過去を知りたい
って言うよりも、私も同じ轍を踏まない
ように…って言うか…」


収録も終わった事で、彼女の髪もメイクも
新曲の派手派手しい衣装用から帰り支度に
オフしてあげてた時の事。

何だかさっきからチラチラと視線を感じる
なぁって思ってたら、ぐっと華奢な指が
何かを決意するようにスカートをクシャッ
と握りしめ、一気に喋り出した。


え、あ、…今更ぁッ?!

それを聞くのってあんな案件、その直後
じゃ無いの? …え、何かを見て思い出した
のかしら。…あー違うわね、きっと。
彼女の事だから多分、あの時からずっと
気になっててでも訊きそびれて…それが
今頃爆発したって感じ?


「え、なぁにー?
あの女がまた何か言って来たの?」


まぁそんな事は無いだろうとは思いつつ、
一応念の為。


「えっ?! そ、そんな感じなんですか?!
あっ、そう言えば全然まだ山田さんの事
お好きなような…っ」

「えっあっ、ごめんねぇ、違うのよ?
あの子は多分もう何も言って来る事は
無いと思うの。アタシが刺した釘って
彼女には生理的に無理!って類のだし。
…そうね、そんな筈ないのについつい
老婆心で訊いちゃったわ。」

「…生理的に無理な釘、って一体…?
それに、言って来る事は無い…って事は
無いと思います…。あの時あんな風に
縋ってたのだって山田さん、素敵だし、
その、別れてもやっぱり…って思うのも
分かる気がするし…その、それもどっち
から言い出したお別れかにもよるかとは
思うんですけど…」

「あーナイナイ無い。あの子、計算高い
お嬢サマだから、きっと今はイイ感じの
オトコが側に居なくて〜ってそんな状況で
お正月から目の前でバリバリ働いてる昔の
オトコ見つけてまだイケるならいっとけ!
って数打ちゃ方式なんじゃない?
あの手の女の子ってまぁどーして相手の
状況や心情も考えず猪突猛進出来るんだか。
ほんっと迷惑よねぇ? でも…少しだけ
分かんないでもないかなぁ…。
ほら、徹平ちゃんって仕事中は2割増し
じゃない?…つか仕事してない状態が唯の
オッサンだってハナシなんだけどねー。」


なるべく軽く聞き流せる感じで言った。
半分はホント。半分は…今、思い出しても
彼女と徹平の過去は終始胸糞悪かったから
つい黒歴史的に無かった事にしたかった…
のかもしれない。
だってあの女が浮気して、徹平が彼女の
自分勝手な言い分を一方的に浴びせられた
上で振られてそれだけでも充分胸糞なのに
その後の徹平ちゃんの自己否定のどん底
泥沼の様子も思い出しちゃったから。

でも、シクッた。
甘く見てたわ。


「そんな事ないっ!! っ山田さんはっ、
いつだってすっごく頼りになるし、いつも
キッチリしててカッコ良くて、それはっ
お仕事してる時だけしゃなくって…っ!
私はいつだって尊敬してるんです…っ!」


普段おっとりとした彼女からは普段聞いた
事も無い大声と、怒りも露わに反論する
のを見て、思わず目を見張るアタシ。

あっ、ゴメンゴメン!
咲ちゃんがどれだけ徹平ちゃんに
ホの字かを脇に置いてっちゃってた。

そうなのよ…この子、こんなに可愛くて
今や時の人で、この華やかな芸能界で、
更にそのヒエラルキー上位の男共に挙って
言い寄られてるような娘なのに…裏方の、
年がら年中スーツ姿の唯のオッサンだと
言われても仕方のない(あ、一般論ね?)
徹平ちゃんに心底惚れちゃってんの。

…そんな彼女がこんなにまで徹平ちゃんに
肩入れすんのは分かってた筈なのに。

あーでも…元カノが言い寄って来たって
だけでこの状態じゃ…もし生まれも育ちも
お嬢なあの女が、庶民な恋に身をやつす
自分に酔って、ワンルームの徹平ん部屋に
勝手に転がり込んで同棲までしてたって
知ったらどーなるんだろ。

そんな意地の悪い想像までしちゃたのは
アタシの唯のやっかみ。

こんなにも好かれたアイツへと
こんなにも素直に好きを表せる彼女に。

あの女と違ってそれで遣り込めてやろう!
って気にならないのは…そんな二人が、
アタシにとって差し替えの効かない大切な
人たちだからに他ならない。


そんな事思っている間にあった『間』。

ごめんっ徹平。
アタシ、咲ちゃんを揶揄うつもりも
しょげさせる気もなかったのよ?


「――ッ、ゴメンナサイ、私…」


急に我に返ったようにハッとして、見て
分かるくらいにしゅ〜ん…となっちゃった
咲ちゃんに、ついつい苦笑。

いつものテンポで返事を返さなかった
アタシの様子に怒らせたとでも思ったのか
完全に気落ちして、でも…気丈に笑顔を
『作った』咲ちゃんがアタシを見上げた。


「…あの、こういうの、本人以外に訊くの
って…やっぱり、マナー違反、よね。
分かってて訊いちゃったのは…わたし…
モモちゃんにはつい、いつも甘えちゃって
…ごめんなさ…」


あーあーあー……もうっ!
ちょっとぉぉぉ…っ、んもうっアナタに
そんなカオさせて、アタシが何ともない
なんて本気で思ってる?

アナタに弱いのは徹平ちゃんだけじゃない
んだから!


「やっ、好きだからこそ訊けないってのは
あるし、訊きたいけど訊けない、ってのは
皆あるでしょ。…それに、そうねぇ逆に
訊かない方が良かった、ってのも…ある
じゃない? でもさ、それが分かってたって
好きだから知りたい、ってのは当然の事
じゃないかしら」

「…モモちゃん、軽蔑、しない?」

「アタシが? 咲ちゃんを?
ナイナイ! 絶対無いから!」

「ホント…?」

「ヤダ、…ねぇ、アタシが根っからの
咲ちゃん贔屓だって知らないの?
この業界じゃ有名過ぎるくらいに有名だと
自負してたんだけど?」


大袈裟に声を上げて、ウィンクまでして
見せたアタシに一瞬ポカンとした顔をして
笑ったあなたにホッとして。


ココン、ガチャ。

――はい、ナイト登場。
あ、いやこの場合は王子様か。

ってかお前、廊下で聞き耳立ててただろ。
このタヌキ。



*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ