Event 2

□KNIGHT
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今日の収録が終わり、撤収を掛ける前に
次回の確認をし、控室でメイク落としを
口実に(事実だが)モモと居る咲の元へと
急いだ。

ノックをする寸前、耳に入った彼女の吐露。

…唯のしがないサラリーマンの俺なのに
どれだけ美化してくれているのかと頭を
抱えそうになる素のお前の声。

抑えられず咄嗟に朱が差した頬を局の
公的な廊下でどこぞの誰かに見られる訳
にはいかないと、どうにか抑え込む。


――そうか、お前にはそう見えているのか。

ただの草臥れた仕事だけの三十路男が、
キラキラと光り輝くこの芸能界のトップに
君臨し、ライトに照らされなくとも己の
光で輝くお前に…そんなスポットライトを
当てられているなんて誰が想像するだろう。

常に俺は裏方だった。
学生時代はそれなりに成績が良かったから
ある程度の評価はされていたが、元より
面白みの無いこの性格と、変に正義感に
毒された性質が相まってノートなどの
必要に駆られたテスト期間以外は一定の
親しい人間以外は近付いては来なかった。

ノートを借りてその場凌ぎをする位なら
元からちゃんと出席した方がいい、などと
借りる度に垂れられる小言が耳煩いと余程
切羽詰まらないと俺には借りたくないと
公言する連中も居たぐらいだ。

恋愛事だってそうだ。

相手をただ大切にすれば重い、と言われ
真面目に付き合おうと意を正せば正す程
面白みがない、つまらないと言われた。

未だに恋愛は正解が分からない。

何が正しいのか
女性が何を望むのか
分かった試しも無い。

だから正直に言うと咲が俺を…と
知った時、いや、嘘を吐けないあの子の
態度で悟った時、嬉しさよりも混乱の方が
強かった。

俺が見出したお前だから
唯の刷り込みに違いない

とか

父親と同じスーツ属性が少ないこの世界で
安堵感を誤解しているのだろう

とか

何に変えてもお前を守る、マネージャー
としてのスタンスの俺をナイトか何かと
錯覚しているのでは…とか。

いやそれは実際に錯覚なんかではなく
何に変えても俺はお前を守るつもりでいる
んだが。

…事実はどうであれそんな風に心の中で
何度も否定し、何重にも線を引き…
それでも超えてしまった一線。

唯のマネージャーとしてでなく
男として、お前の伴侶としてもう二度と
手放せないと自覚して尚、まだ心の中で
足掻いてしまう俺をモモは知っている。

咲、お前を失えばもう俺は俺として
今まで全てを賭けて来た、仕事も何も
出来ない腑抜けになるだろう。

過去の恋愛で散々惑い、悩み、落ち込み、
仕事から上がった瞬間に自己嫌悪からの
自己否定でグダグダになったのをモモには
全て見られているからな。

あの一から十を悟ってしまう旧友が、
俺が例えプライベートがどんな状況でも
傍目には平常通りに仕事を熟す、そんな
俺の『仮面』を剥ぐのが上手くなったのは
いつからだったか。

俺にとってモモが唯一と言っていい余計な
肩肘を張らなくて良い相手となったのは。

少なくともここ数年、咲を挟んで
協力体制を取ってからは更にその関係は
深くなったとの自覚はある。

一時は何よりも信頼するお前こそを咲に
宛がおうと思った時期もあった。
モモが咲の母のように姉のように、
また一端の男として守り支えているのを見、
お前になら、と思ったんだ。

その辺の男に変なちょっかいを出される
くらいなら、俺が認めるお前なら、と。
…モモ曰くそれこそが最大の強がりで、
もう既に彼女に落ちてんだろ、とは正に
図星で。

どうしても二の足を踏む俺に発破を掛け、
慣れない彼女の恋愛指南役として、また
誰よりも正しく俺を知るお前として俺の、
彼女の、より良きアドバイザーとして
常に傍に寄り添ってくれている。

そんなモモの声が、困惑しながらも俺への
愛を語る彼女の声を、後半はより明確な
発言と音量で今扉の外に居る俺に聞こえる
ように誘導しているのは気付いていた。


“ほら徹平ちゃん、咲ちゃんにここまで
言わせてまだ尻込みするつもり?
いい加減男を決めな!”

そんな一言一句明確な、奴の叱咤激励
すら聞こえる気がするなんて俺も相当
焼きが回っているらしい。


スゥッと息を吸い、ココン!といつもの
ノックを意識して扉を開ける。
見えたのは愛しいお前の真っ赤な顔。

そしてどこか安心したような旧友の表情。


…でも次の瞬間、明らかに意地悪く口端を
上げたのも見逃さない。


「あっら、やだ徹平ちゃん聞いてたの?
んじゃーちゃんと二人で話し合ってね。
ハイ、交代。ちょっとの間くらいアタシが
見張りで立っててあげるわ。今、こんな
表情の咲ちゃんを人目に晒す訳には
いかないでしょ?」


すれ違い様に俺にしか見えない角度で、
聞こえない音量で「しっかり口説けよ徹平」
なんて言ったお前こそが俺の知る桃瀬達也
過去一の男前だったのを咲に見られず
ホッとした俺はやはり矮小だなと思いつつ。



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