Novel


□免許
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【 免許 】


「ねぇ、亮太くんって確か…
バイクも乗るんだよね?」

「うん? 何? 咲ちゃん、
バイクに興味あるの?」


とあるテレビ局、安定のトップ人気を
誇る国民的アイドルグループの楽屋。
これまた現在飛ぶ鳥も落とす勢いの、
人気歌手兼、人気女優の彼女が言った。


「え…咲ちゃんがバイク?
何かイメージじゃ無いなぁ。」
「京介!…でも、女の子だし、もしもの
事を考えたら…って言うか、山田さんが
許さないんじゃ無い?」
「それって事故る前提?
何気に一磨も失礼だよね。」
「そっ、そんなつもりじゃ!」
「vespa(ヴェスパ:イタリアの有名原付)
とか似合いそうだけど。」
「あっ、言えてる。『ローマの休日』の
アン王女なら咲ちゃんのイメージ
ぴったりだよね。」
「また義人、古い映画出して来たな…」
「名画だろう。」
「まぁ皆知ってるけどさ。」
「でも咲ちゃんバイク起こせる?
確かバイクの免許ってまず起こさなきゃ
なんないって亮太言ってなかったっけ」
「そ。小さめの女の子とか、最初厳しい
教官に目の前でバーン!ってバイクを
倒されて『起こしてみろ!』とかって
やられてんの見たことある。」
「うわ、何それ!
今時そんな教官いんの?」
「つっても、俺が免許取ったのってもう
7〜8年も前だしね。今はそんなの
流石に無いのかな?」
「無いんじゃ無い?」
「流石に…」


久々に会えた彼女の、何気ない一言に
一気にワイワイざわつき出した彼らに
慌てる彼女。


「やっ、違うの! バイクの免許を取る
とかじゃなくて!…って言うか、今は
車の免許で手一杯って言うか…っ」


「「「「「――え…?! 」」」」」


そこで一同水を打った様に静まり返り。


「『え…?!』って……え…???」

「えっ、咲ちゃん、免許取るの?
って言うか、手一杯って、教習所?!
通ってんの?! 」
「いつの間に? よく時間あるね?」
「うわ、ホント。あの咲ちゃんの
殺人的スケジュールで教習所とか、
そんなもん、普通に考えたら無理だよね
…あ、だから最近見えなかったんだ?
――あの山田さんがよく許したね?」

「へ? ええ、えっと一応は…その、
『演技の幅も広がるだろうから』って
賛成?…してくれて…」

「ああ、そりゃ運転させる気はゼロって
感じだよねぇ、山田さん。」
「そりゃそうでしょ。」
「亮太!京介っ!」

「ええっ?! 」

「…少なくとも慣れるまでは助手席に
乗りたくは無いな。心臓が持たない。」
「義人ッ!」
「え、じゃあ一磨は乗れるんだ?」
「う……っ」

「…一磨さん…」

「や、違っ、」
「俺が乗ってあげるよ。助手席!」
「翔が助手席でナビして咲ちゃん
運転?…うわ、目的地どころか家にも
帰り着かなそ。」
「亮太っ!」

「もー! みんなヒドイっ」

「あはは、ゴメンゴメン。
だあってさぁ、あの咲ちゃんが
車とか! どーしたの?って感じでさ。
…ホント、なんで?」


ズイ、と顔を近付ける亮太。
その興味でキラキラと輝く大きな瞳に
ドギマギとして少し後ずさる咲。


「や、あの…特に深い意味は無いって
言うか…その、もう成人してるし、
いつまでも山田さんに送り迎えして貰う
のも心苦しいって言うか…。それに、
車くらいなら皆さん乗ってるし、私にも
運転出来るかな…って思って…」

「…あー、なるほど。」
「咲ちゃんらしいや。」
「ホント。甲斐甲斐しいって言うか、
気ぃ遣いって言うか。」
「…でも山田さんにしちゃそれは
『余計な事』なんじゃない?」

「えっ?! 」

「あー、まぁねー。咲ちゃんの
送り迎えなら時間の取れる限り自分が
したいんだろうしねぇ。…だってさ、
ラビットさんって咲ちゃん効果で
新人も新マネも結構入ってんだよね?
それでも送り迎え、他の奴には任せて
無いんでしょ?」

「う、うん…でもそれはスケジュールが
色々込み入ってて山田さんじゃ無いと
把握出来てないからって…あ…っ、
わ、私の効果だなんてとんでもないです
けど、新人さんはお陰様で…」


律儀にもペコリと頭を下げる咲。
その小さな頭の整った旋毛(つむじ)を
見下ろし、皆、プッと吹き出し。


「うわー謙遜っ! それ、ヤッカむ奴
居るから他でこんなの言われても何にも
言わないで、ニッコリで返すんだよ?」
「…だな。自分で振っといて逆恨みする
輩は多いから、この業界。」

「う…ぁ、は、はいっ!」

「あはは、俺らは咲ちゃんの性格
よく知ってるから大丈夫だけどね。」

「あ、ありがとう…」

「イエイエ、どーいたしまして。」

「…で、いつ頃免許取得予定?」

「上手くいけば…来月には…。」

「『上手くいけば』かぁ」

「もぅ! 意地悪っ!」


そんな風にふざけ合って楽屋での楽しく
砕けた時間は過ぎたのだった。



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