Novel


□けんカップル
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【 けん(件)カップル 】
(件:けん、くだり、くだん)



「じゃあ、俺は此処で。」
バンッ!

「えっちょ、待ってよ、なっちゃん!」
バンッッ!

「あっおい、冬馬?! 」
「…うわ、あの紙袋、咲ちゃん
宛てだったのか?! 大丈夫か、夏輝相当
キてたのに…あいつ、今回ばかしは
遣らかしちまうんじゃ…」
「!…止めよう。」
バンッ、バン!

忙しなく立て続く、
高級外車の扉を閉める音。

事を察し、各人の性格を完全に把握した
JADEのマネージャー北島はこれは
長く掛かりそうだと直感で判断し、
溜息を吐いた後、運転席の窓を開けて
後を追う二人に声を上げる。

「いいか、事を荒立てるなよ?
取り敢えず回収しろ。荷物は責任持って
各自の家へ届けておく。こっちは後の
仕事が閊えてるからな。」

了承した、と言うように手を軽く上げて
行く秋羅、振り向きもしない春。
北島はタレントの前では吸わない煙草に
火を点け、深く吸い込んだ。

「…全く、帰国早々か。
先が思いやられるな。」



***


「だからっ、何勝手に他人(ひと)ん家の
エレベーターに乗り込んでんだって!」

「何だよー、会ってお土産渡すくらい
イイっしょー? ほれ、見ろよこの愛情
てんこ盛りの菓子の山!」

「別に今日じゃなくても良いだろ!」

「次会う時じゃ月跨いじゃうじゃん。」


夏輝のマンションのエレベーター、
その中でゴチャゴチャ小競り合いみたく
言い争ってる二人。…いや、声を荒げて
いるのは夏輝だけで、冬馬の方は全然
動じる様子も無くグイグイ扉の中へと
身を抉じ入れている。

その扉を押さえ、肩を掴んだ更なる
二人組。


「降りろ、冬馬。」
「…ハァッ、何やってんだよお前は」


だが、そんな彼らの攻防虚しく、巨体を
グイッと引き、肩にしっかり回された
腕ごと二人を引き込んでしまう。

『扉が閉まります、お気をつけ下さい』

「あっ!」


電子音声と共に、音も無くガッチリ
扉が閉まり上昇を始めるエレベーター。

「「「………。」」」
「さぁさ、皆で可愛い咲ちゃんに
お土産渡しがてら顔見て行こうかねー♡」

閉め切られた狭い空間に落ちる3人の
沈黙と、響く1人の能天気な声。

ちゃんとした警備員が配置されてる
マンションだと言うのに、下手に何度も
泊まってる、面の割れた同じバンドの
メンバー相手では居住者以外の侵入でも
間に入るのを躊躇されてしまった様だ。

珍しい夏輝の舌打ちが響く。

これは拙い、これは本気で冬馬の暴走を
止めて置かないと…そう思う二人だった
が、帰国したてで時差ボケもまだ残り、
身体も頭も重く感じる…そんな状態では
生半可な覚悟じゃ止められる気がしない
のも事実。

そんな空気感を物ともせず、ニヤニヤと
楽しそうに口を開くのは…あからさまに
嫌そうな夏輝への嫌がらせか、或いは
単に性格が悪いのか。

いや長い付き合いだから、コイツの悪い
癖で、嫌がれば嫌がるほど面白がる
『好きな奴程苛めるいじめっ子体質』
なのだと察しがついている。

…全く傍迷惑な。

そうは思いつつも、自身もここ数日の
ハードスケジュールから彼女の穏やかな
微笑みが欲しかったのも事実で。
単に時差ボケだけが敗因ではないのは
薄っすら自覚しつつ、エレベーターの
到着音を聞いたのだった。


「ぅえ〜ぃ、咲ちゅわ〜ん♡」


率先して降りようとするのは何とか
食い止めたが、何処からこの馬鹿力が
湧いて出るのか、大の男二人を引き摺り
夏輝の後を追う冬馬。
しかも夏輝がたった今滑り込んだ扉に
手を伸ばし…


「(本気でやめとけって!
マジで馬に蹴られるぞ?! )」

「防音扉なのになんで小声?」

「(阿呆か、完全防音ってんじゃねー
だろうが。気配でも邪魔すんなって)」

「あーもう信頼ねぇなぁ。先ずは二人の
久々の逢瀬タイムだってんでしょ?
そんくらい俺も弁えてるって。…まぁ、
おっ始める前には乱入させて貰うけど
なー? キシシ♡」


…なんて、そもそも久々の逢瀬をする
恋人同士の間に割り入ろうなんてのが
弁えも何も無いだろうが、ってのは
冬馬の総頁数の少ない脳内常識集には
無いらしい。

ドッと疲れが出る。


「…何も今日で無くとも良くないか?」


冷静に考えれば、今こうして熱愛中の
カップルの自宅に帰国した足で立寄る
不躾さは自分たちも同罪だ。

そんな思いで口を開けばチッチッチ!と
正面からのまさかの諌め。


「春サマ、月末よ? このハロウィン土産
月跨いで渡すとマヌケな事になるっしょ
…って堂々たる口実あるから。」

「口実って言っちまってる段階で計画的
犯行なのは明らかじゃねーか。」

「でもほら、あの咲ちゃんが
海外でお仕事して来た俺らの為に日本食
準備しちゃってるかも、とか考えね?」


――それは確かに。

今までのパターンからもこうして冬馬が
強引に上がり込み、帰国直後の食事を
一緒にする事が多かったのは事実だ。

…この夏輝の家しかない階の排気口から
漂って来る食事の支度らしき匂いが
和食なのも冬馬の妄想を裏付けてる気が
してくる。…いや、あくまで奴の勝手な
思い込みなんだが。


そんな風に考えあぐねている間に不意を
突かれた。


チャッ!
大きく開かれた玄関扉。

玄関先で、今にも抱き合いそうな
至近距離の二人。
…夏輝が家に入ってからある程度の分数
経っていると思ったが、何故お前はまだ
玄関先に居るんだ。


「は〜い、そーこーまーでー!」

「きゃ!」

「…このバカップルが。」

「どうやって入って来たんだよ!」


鍵は掛けたのか? いや、夏輝の家も
オートロックか。…では冬馬があの
夏輝が家に入った瞬間に何か仕込んだに
違いない。――どんな反射神経だ。


結局は溜息。

思うようにいかない本能のままの男の
言動、更には邪魔して悪いと心の底から
思っては居るのに、彼女の顔を見て
明らかにホッとした自分の心持ちにも。



*
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