Novel


□けんカップル
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冬馬を何とか振り切り、後は春と秋羅に
任せて帰り着いた愛しい我が家。

美味しい匂い、心温まる君の笑顔。


「ただいま。」

「おかえりなさい…っ」


約3週間ぶりの逢瀬。
…とは言っても、公認の二人はもう既に
同棲関係にあるから、正確には逢瀬では
無いのだが。

気分的には一緒に住んでいるからこそ、
久しぶりに逢えた感慨は一入だ。


「ヨーロッパは寒かったですか?」

「うん、もう雪がチラついてる場所も
あったよ。ほら、コレその写真。」

「わぁ…かなり曇ってどんよりして
見えるのに、雪だけ真っ白なんですね」

「うん、これって日本ではあまり見ない
色彩だよね。だから咲に見せたくて。
現地スタッフに『そんなに感激する景色
ですか?』って訊かれたよ」


そう、向こうでは当たり前の風景に
しきりにシャッターを切る俺を見て
笑って言った現地スタッフ。

その視線は恥ずかしかったけど、君に
見せたい想いが勝った。話の流れはあり
つつも玄関先でスマホを取り出して
見せてしまうくらいには。


「わ…、そうだったんですね…。」


やっぱり、素直に感激してくれる君。
こんな君が見たかったんだ。
…ああ、好きだ。
素直で可愛い俺の咲。

抱き締めたくて、ジワリと伸ばした手。
まるでそれを知ってて焦らすように、
スマホからパッと上がる視線。


「…この間の中継、素敵でした!」

「ん? ああ、あの特番の。
こっち側からはそっちの状況は音でしか
伝わらなくて残念だったよ。
昨日冬馬が放送落として来てたけど。」

「あ、じゃあ見たんですか?」

「うん、もちろん。
可愛かったね、ハロウィンの衣装。」

「あっあれは急遽モモちゃんが…っ」

「可愛くて色っぽくて、その場に居ない
自分を呪ったよ。」

「の、呪…っ?! 」

「だってさ、周りの連中はあの咲の
小悪魔コスチューム姿、見てるんだよ?
俺の咲なのに。」


君の華奢な肩も、その細い腰も、
見えそうで見えなかった胸元の隆起も。

…俺のなのに。


「たっ唯の衣装、ですよ?」

「衣装でも、っていうか衣装だから?」

「へ?」

「普段なら胸元あんなに開いてたり、
背中も素肌に編み上げとかしないのに」

「あっあれは羽を付けるのに重くて
縫い付ける訳にいかなくて…っ」

「それでも。」


そう、この背中に直に付けられてた羽。
特殊メイクの技なのか、本当に咲の
背に羽が生えてるようだった。
しかも小悪魔の。
あの時の羽の痕を探すように、撫でる。


「な、夏輝さん…っ?」

「もうさ、冬馬は『可愛い可愛い』連呼
するわ、秋羅が後ろの連中(雛壇に並ぶ
出演者)の視線が咲にロックオンだな
なんて言うから…気が気じゃなくて。」


実際、あの映像見た時点で俺だって
言われるまでも無く気付いてた。
後ろのヤロー共の視線の先。

…思い出しただけで腹立たしい。


「そそ、そんなのっ私より露出度の高い
女の子たちいっぱい居ましたからっ」

「そんなの目に入ってない。」

「っ!」

「画面の隅っこでも、咲が映れば
咲にしか目は行かなかったよ。」

「…夏輝さん…。」


彼女がそっと体を預けるように俺に軽く
凭れ掛かった、その瞬間。
背後の玄関扉が音も無く開き現れた
お邪魔虫。いやもうマジで。


「は〜い、そーこーまーでー!」

「きゃ!」

「…このバカップルが。」

「どうやって入って来たんだよ!」


不敵にニヤリと笑った冬馬の手には
4枚の飛行機チケット。あっ、こいつ
扉に挟みやがったな?!
階段状に曲がったそのチケットを俺らの
目の前でひらひらさせ、咲に
ウィンクしてみせる冬馬。


「んなの扉が閉まり切る前このチケを
オートロックんトコに滑り込ませて、
ドアロック自体掛からせ無かったに
決まってんじゃん?…つーかさぁっ、
何でなっちゃんは階まで一緒に上がって
来た俺らを閉め出しちまうワケ?」

「『一緒に上がって』じゃないだろ!
お前が勝手に!強引に!エレベーターに
抉入って来たんじゃないか!」


だから出る間際、無理矢理もう一度
エレベーターに押し込んだのに!


「そーそー。俺らも引っ張り込んで、
勝手に階も押してな。」

「…すまん、止めるには止めたが
疲れ切った身では止められなかった。」


呆れた秋羅の声と困惑した春の声。
そんな声、彼女が聞いたらっ


「や! あのっ別に迷惑じゃ…っ」

「迷惑! 真っ直ぐ帰れよ自分家にっ」

「わーなっちゃん、心狭ぁ…。」

「はあ?! 」

「だって俺らも咲ちゃんへの土産
あるって言ったじゃん。本場欧州の
ハロウィン限定よ? 今が旬なのに、
今!渡さないでいつ渡せって?
ほーら咲ちゃん、Trick or Treat!」

「お前が言うと洒落にならん。」


そんな春の呟きもスルーされ、強引に
咲に渡したのは、色とりどりの
何やらが詰め込まれたハロウィン柄の袋。


「わわ! あっありがとうございますっ
こっ、こんなに?! 」

「そそ。
まーくんと咲ちゃんママにもね」


――…冬馬、フライング…っ
俺だってちゃんとご家族への土産は
抜かりなく準備してるのに!


「え…? 弟はともかく、母にも?」

「うん、美味しいご馳走くれるから♡ 」


えっ?! まさかコイツ、咲ちゃんの
実家にまで…ッ?!


「…お前っ、いつの間に?! 」

「ヤダなぁ、なっちゃん? こないだの
咲ちゃんからの差し入れのお重、
一部咲ちゃんママ作だって咲ちゃん
本人が言ってたろ?」

「あ…、そう言えば…」


――なんだ…そうか、そりゃそうだ…。
幾ら冬馬が自由人でも実家にまでは
押し掛けないだろ、しっかりしろ俺。


「まさか、それで? うわぁ冬馬さん…
ありがとうございます…っ」


両手いっぱいの大きな紙袋を覗き込み
ながら嬉しそうにそう言う咲。
ふふん、と笑う冬馬の得意げな顔が
癪に触る。


「お返しは大切な大人の礼儀でしょ?」

「…普段そんな事しもしねぇのに」

「んー? 聞こえねぇなぁ秋羅?」


「……。」


帰宅直後の玄関先で気ぃ遣いの彼女が
そのままコイツらを帰す訳が無い。
そんな事は重々承知だし、俺としても
そう思ったからマネージャーの車から
単身でそそくさと降りたのに。


「あの…もし宜しければご一緒に食事、
如何ですか? あの…もしかしたらと
思って多めに作ってあるんです。
日本食はお久しぶりですよね?」

「咲…っ」


――ほら…っ


「いや…俺らは」
「ひゃっほーい♪ さっすがは俺らの嫁
俺らの事、分かってるぅ〜♡ 」


チラリと俺を盗み見た春の一瞬の視線。
困惑が確信に変わり、結構しっかり断り
の枕詞を述べたのに、その配慮の言葉を
最後まで言わせず大袈裟に跳ね上がった
冬馬はそれだけじゃ飽き足らず。


――……コイツ…ッ


「うわ、バカ、調子乗り過ぎだ」


秋羅の声に被って冬馬の膝裏を蹴り折り
ヤツの肩に赤ちゃん抱っこされた彼女を
その場で奪還する。

当たり前だろ?! 俺もまだちゃんと
抱き締めてもないのに!!!

…でも流石にここで追い返すのは (して
やりたいけど!)大人気ない。
そこは何とか理性で感情を押し留め。


「…食事だけ、だからな!」


それだけ言って彼女を抱え上げズンズン
リビングへ向かって足を運ぶ。
…どうせアイツらも何度も泊まって
勝手知ったる(俺と咲の)家だから
案内も何も要らないだろ?

…なんて拗ねた感情に我ながら呆れ。


「あ、あの…夏輝さん」

「何?」


ついトゲトゲした声を出してしまって
ハッとする。――俺、大人気ない…。

…あーもう…っ、幾ら咲不足で
カラカラで…余裕が無かったとは言え、
それを丸出し(少しは抑えたつもりだった
けど、よくよく考えたらホント全然出し
捲り)な態度だったよな…って反省して。

だから


「――ごめんなさい。」


そう耳元で囁いて来た咲に
一瞬ギョッとして。

…でも、そこで取り乱すのはもっと拙い
と変な男のプライド総動員。

だから逆に彼女の耳元で


「(…あとでお仕置きね?)」


なんて囁き返して。

そんな俺の囁きに…明らかに抱いてる
彼女の小さなカラダが熱を上げるのを
感じ…ニマニマが止まらない俺。

後ろに続くメンバーの気配。
こんな脂下がった顔を見られた日にゃ
何言われるか。

だから、余裕なフリして彼女を抱えた
その手で彼女を宥めるみたく背中を
ポンポンなんてして。

…あっ、でも今
真っ赤な筈な彼女の顔、アイツらに
丸見えなんじゃ…?! って思って咄嗟に
ぐるりと抱き方を変えたのだった。



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