Novel


□Gold License
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「…あの、今日も練習、いいですか?」


大体はその日の最後に入れてある春の
レッスンの後、いつもなら俺が彼女に
『今日も練習する?』って車に誘うん
だけど、その日は春のレッスンの前から
彼女は何か言いたげにしてて。

珍しく彼女からの『オネダリ』で。
俺は内心ドギマギしながら、でも表面は
一応普通を装って「うん、勿論いいよ」
なんて答えて。

でも内心は、あの遠慮がちな彼女が
甘えてくれる近さに今俺は居るんだ、
なんて思うとニマニマが止まらない。


「おい、なっちゃん! チャンスだぜ
今日こそシケ込めよ?」

「そんな事する訳ないだろ。」

「カーッ! 馬鹿かっお前な、あの奥手で
お鈍ちゃんな咲ちゃんからの
折角のお誘いじゃねーか。完全にガード
ユルユルになっちゃってるって事だろ?!
どーにか甘い雰囲気に持ってってもう
今夜既成事実作っちまえよ!」


抉入る冬馬のヤジ。
…そんな事して、折角得た信頼関係を
ブチ壊したらどうするんだ!って冬馬が
聞いたら確実にヘタレ呼ばわりされる
言い訳、…ん?言い訳? 違う違う、
常識的な見解を思う。


「…慎重に、今間合いを詰めてるんだ。
横から変な茶々入れんな。」

「へぇ…? いよいよ本気になったか」


そんな俺の返しに少しだけ目を丸くした
秋羅。…何だよ、そんな驚く事か?


「元から本気だけど?」

「おー、聞いたか? 冬馬。」

「…お前が本気で咲ちゃんに
メロメロなのは今更だけど、ちんたら
してたらあっちゅー間にあの子の周りの
Waveだの俳優だのってキラキラしい
ギラギラした若いオスに先越されるっ
からな? ウサギとカメ見てみろよ。」

「ウサギとカメじゃ亀が勝っちまうな。」

「…そうなるよな?」

「ッ!ちっが――う!!
俺が言いたいのはそーじゃなくて!」

「…分かってるよ、先越されたら取り
返すのに苦労するって言いたいんだろ」

「そう、ソレ! さすがリーダー!
…って、何だマジ分かってんなら…」

「――そんな隙、与えない。」


「「……。」」


一瞬落ちる、沈黙。

レッスンで彼女が春とピアノ室に引き
篭もってる間に話し込んでたスタジオで
彼女と車って密室に入るって分かってて
煙草の匂いを染み付けたくない俺が
喫煙室を拒んだ為、ソファブースで
男3人マッタリしてたんだ。


「うわ…オスなっちゃん…。」

「…冬馬、こりゃ夏輝は意外に
ハンター気質かもしれんぞ。」

「何だよ、意外にって。」

「なっちゃん母さん返上?ってか」

「…兎に角、暫く咲ちゃんの
運転練習は俺が付き合うから。」

「『邪魔すんなよ?』って?」

「…というより、宣言? お前らに、
って言うより自分に。」

「あーナルホドね。
ヘタレてる場合じゃねぇしなー。」

「ああ。」

「…へぇ、覚悟出来たのか?」

「今、改めてしてる。つくづく彼女に
他の男が触れるとか耐えられないから」

「何想定してそう思ったか知りたい
ような知りたくないような、だな。」

「るさいな」


そんな揶揄いとも発破とも聞こえる
二人との会話に自分の気持ちなんてのを
見直してたら突然冬馬が唸り出し。


「うあー…とうとうかぁ…ッ」

「?…何が。」

「俺の天使ちゃんに特定のオトコが…
って考えたら面白くねーやら何やら。
…でも他の男が彼女を抱くとか完全に
あたまが拒否る! なっちゃんなら、
って思ってた筈なのに…でもやっぱ
面白くないのは面白くねぇんだよなー
あーもー何だコレ、このキモチ。」


――それはお前が本気で彼女に嵌ってた
事に他ならないだろ、と思うものの
寝た子を起こす事なんてしたくないし、
何より本能的な冬馬が彼女に嵌るのを
避けてる気がして、俺からは何も…
言えなかった。

『…例えお前相手でも、譲れないから』
そう言う事は簡単だけど、でもたぶん…
きっと冬馬は彼女に手を出さない。
俺が諦めたり、他の男が手出ししたり
して来ない限りは。

それがコイツの中の線引きなのだと
それを実感として感じてるから。

『悪いな。』って言うのも違う。
…うん、正確には彼女を得てからなら
正解? なのかもだけどまだ今は。

冬馬に掛ける言葉を考えあぐねてたら
秋羅からのフォロー。…いやコレを
フォローと言うとおかしな事になりそう
だから茶化された、と取るべきか?


「いい加減カーチャン離れしろよ。」

「何処のカーチャンだよ。」

「夏輝だろ、夏輝母さん。」

「「はぁ?! 」」

「お前のは単にカーチャンのオスな顔
見ちまってビビッただけだろ。…まぁ
お気にの咲ちゃんにオトコって
のが気に入らんのは確かにあるだろう
けどな。要は其々気に入ってんのに、
お気に入り同士がくっつくと自分が
あぶれんのが嫌なんだろ、寂しん坊め」

「やっ、ヤメロよ秋羅ッ!」

「何だよ、お気に入りって…」


その言いようにガクリと来たものの

――言い得て妙だ。
とも思った。

サラッと言われたその分析がこんなに
シックリいくなんて。

結局、発破なんだか揶揄いなんだか
よく分からないエールを受けて俺は
今夜も彼女とドライブ。

そう、お邪魔虫も無しで、二人きり。

彼女からの初とも言えるオネダリ、
…やっぱり甘い期待をしても…
良いんだろうか。



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