Novel


□ドキドキ狂想曲
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【 ドキドキ狂想曲 】


咲ちゃんへの恋を自覚して。
最初に思った事は『諦めないと』だった。

うちの事務所は芸能界屈指の大手。
しかも昔から多くの男性アイドルを輩出
していてテレビ局とはがっぷりの関係。

それをこの業界で知らない奴はいない。

――しかも、恋愛はご法度。

俺たちは男性アイドル(偶像)、という
ある意味ターゲットを絞った売出し。
ターゲットは主に女性、一応俺の属する
Waveは既に『国民的人気』を博してる
から正確なターゲットは老若男女問わず。
でもだからこそ男女関係やそれに纏わる
特定の人との噂なんてのは好感度的にも
ご法度とされていて…。それは例外的に
グループ内での差別化として女性受けの
良い『危険な男』としてのキャラ付けを
されている場合ならば女遊びも魅力って
売り方で黙認される場合もアリ、って事
でもあるんだけど…でもそれはまず俺の
キャラでは無いし、そしてそれ以上に
彼女を遊びの相手になんて考えられない。
ましてや、事務所としても遊びならOK
なんて推奨してる訳じゃ無い。

…俺らは今、事務所イチオシと言われ、
事務所が力を入れて売り出し中。しかも
未だ人気上昇中、平均年齢も20代半ばで
ファン層も広いってのもあり、他の既存
グループより事務所からの恋愛禁止令は
厳重だ。…だからもし恋人でも出来た日
には事務所から反対され、認められない
ばかりか、相手が誰であれ…引き離され
その恋は…潰される事は請け合い。
…実際に過去に一般人女性との恋愛で
相手に圧力を掛けられ破局させられた
メンバーも居る。…しかもその遣り方は
知る限り相当手酷かった。

一般女性でもそうだったのだ。
同じ芸能界の住人で、ましてや今いくら
人気絶頂とは言え…小さな事務所の彼女
との恋愛では先は絶望的だ。

…そう思って。


でも、そう思ったからって恋心を自在に
コントロール出来る訳でも無く、また
今売れっ子の彼女と俺たちだから同じ
番組に立つ事も多かった。

自然と近付いた距離。

それは彼女の屈託の無い性質もあるけど
うちの翔が凄く彼女を気に入って何かと
声を掛けたのもあって…彼女が俺たちの
楽屋によく遊びに来る様になっていた。


優しく柔らかな声
穏やかな話し方
可愛い笑顔
丁寧な受け答えとその天然な返し

どれを取っても彼女との会話が弾まない
筈は無く。彼女が来る度に会話は弾み、
滞在時間は長くなり、俺たちは彼女に
次々と惹かれ、どんどん嵌っていった。


誰が見ても、間違い無く最初に嵌った
のは翔。…別に先着順って訳じゃ無い
から順番に意味は無いんだけど、確か
その次に映画での共演で彼女との時間が
増えた京介が彼女に嵌り出し、何かと
彼女との間合いを詰め出した。

…その辺りからだ。あからさまに彼女を
揶揄い、距離も狭めて接する京介から
彼女を守ったりする内に自覚した自分の
気持ち。…そこから周りを注視すれば…
あのあまり態度に出さない義人も彼女が
来た時には柔らかな表情を見せ、人より
警戒心が強い亮太ですら彼女の前では
構えの無い普段の顔を見せ出していた。

皆が嵌り出した確信への焦り、
自分の恋心の自覚、
でも…と冷静に事務所の対応を想定し
二の足を踏もうとしてる、自覚。


「…そうなんですか?! 知らなかった…
皆さん物知りですよねぇ…」

「って言うか咲ちゃんがあまりに
知らな過ぎなだけじゃない?」
「京介!」


最近彼女との距離が近いせいか、失礼な
物言いを平気でする京介を嗜めても全然
反省の色は無い。どんな女性タレントと
親しくしてもそれなりの礼儀とか遠慮の
線引きはしていた筈なのに。それ所か…


「いやいや、あながち我が物顔の京介が
失礼なだけじゃ無いかもよ?」

「…素直なのは咲ちゃんの良い所
だけどもうちょっと疑った方が良いのは
そうかも…。宇治抹茶の二人にもそれで
番組でも度々遊ばれているだろう…?」

「あっ、あの毎日のお昼の情報番組で
咲ちゃんコーナーって名目でいつも
ドッキリ引っ掛けられてんだよね?! 」


なんて他のメンバーまで彼女を揶揄い、
あまりに警戒心のない彼女に苦言を呈す
なんて踏み込んだ言葉掛け。

年次が若い彼女が俺たちに怒る事は無い
にしても気分を害しても可笑しくは無い
発言なのに気の良い彼女は目を白黒させ


「ッ!…そんなコーナーの事まで
知られてるんですか?! 」


なんて恥ずかしそうにするだけで。
…俺はメンバーの遠慮の無い近しさに
一人慌ててフォローして。


「…それが咲ちゃんらしさでも
あるんだし、その反応の可愛らしさが
お茶の間でも求められてるんだよ。
咲ちゃんは咲ちゃんらしく
変わらなくて良いんじゃ無い?」


なんて。
真っ赤になって、でも嬉しそうな彼女の
反応にホッとして。彼女へのダメ出しの
ようなメンバーの発言に対抗したりした
んだけど。


「ありがとうございます、一磨さん。」


彼女のその、素直な言葉と可愛らしい
反応に更に撃ち落とされてしまった感。

深入りしちゃダメだ、なんて思いつつ…
それが恋の自覚の始まりだった。




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