Novel


□恋愛指南
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幾らムカついてもあくまで部外者、しかも
ほぼ初対面の他業種の人相手に失礼な態度。
流石にコレは拙い、と冬馬を諌めるが…
どうやら白鳥くんも冬馬に負けず劣らず
歯に衣着せないタイプのようで…


「可愛い後輩で女のコイツを、こんな遅く
から一人で電車でこんな遠くまで通わせる
とか男として出来なかったんで。」


――女、とか男、にやたら耳に障る感じが
含まれてると感じたのは気のせいじゃない
んだろう。

…つまりは彼女に男をアピールする為、
また俺らには彼と言う男が彼女の周りを
彷徨(うろつ)いてるって知らしめる為。

…上等じゃないか。


「…折角だから上がってく?
彼女の帰りは俺が送るけど彼女を俺らの
所まで送ってくれたお礼にコーヒーくらい
出すよ? …と言ってもスタジオのは自販機
だからそこのスタンドの方が美味いけどね。」


マウントにマウントを返すなんてガキな事
したくないけど、そんな言い方をすれば
彼も俺らの彼女へのスタンス、その『彼女は
そうそう渡さないよ?』宣言をしっかりと
汲み取った様子。


「…いえ。そこのスタンドのが美味いって
んならそっちに立ち寄って帰りますよ。」


…流石にこのアウェーで無謀な勝負を挑む
ような無鉄砲さは無いか。

そうマウントだけ、つまり挨拶程度の軽い
ジャブだけで済まそうと思ってた。

…なのに。


「まーまーそう言わず。お兄さんが奢って
やっからさ。『ウチのお姫さん』がお世話
掛けちまったんだから。」


そうそのまま見送ろうとしてた俺の横から、
駄犬のクセに番犬習性なのか、更に後追い
して嗾ける冬馬。

明らかにムッとした様子を見せる白鳥くん。
そんな彼を若いなーなんて横目で見ながら
気付けば大きく定時を過ぎてしまってる事を
思い出し、彼女を春の元へと送り届けた。


「…あの、な、何だか冬馬さんと隼人さん、
不穏な空気じゃ無かったですか…?」


白鳥くんには頭を下げ、俺に連れられて
階段を上がりながら後ろ髪を引かれるように
何度も何度も後ろを振り返る彼女。

やっぱりそれを見てもモヤつく俺。


――あ〜あ…これはもう確実じゃないか?
…もう手遅れだって事。

もう既に彼女に捕まってしまってるって事。
こんなにも目も心も彼女の視線の動きにさえ
こんなにも過敏に反応して。


「…なんか野生の動物の交流みたいだよね。
冬馬は元からだけど白鳥君もさ。威嚇して
互いに嗅ぎ合ってる、みたいな。」

「! …た、確かに…冬馬さんはレトリバー
とかの人好きする大型犬みたいですけど、
隼人さんも野生のキツネみたいな所ある気が
します…!」


そう言ってどんな絵面を想像したのか、一人
クスクス笑う咲ちゃん。


「キツネ…確かに白鳥君って絶対に『お手』
とかしそうにないよね。」

「しないと思います!」


便乗して何気に言った一言に即答が返る。
それにもモヤり。


――うーん…これはやっぱ重症かも…



「来たか。」

「あっ、ごめんなさいっ遅れてすみませんっ
なのに私っゆったりと歩いて上がって来ちゃ
って…っ」


スタジオの扉を開け、春の顔を見た途端に
今は遅刻の状況だった、と思い出したのか。

目に見えて蒼白になっちゃった彼女をそっと
支え、ガチガチになっちゃった彼女に説明を
させるよりは、と俺が先に今回の事の顛末を
春に伝えた。

その、俺の話の中でのトーンに何かを感じた
らしい春の眉がピクリと上がったけど、俺は
それはスルーし、完全に恐縮して縮こまって
しまってる彼女には笑って「じゃあレッスン
頑張っといで。終わったら食事でも行こうよ。
今日も此処で終わりでしょ?」と声掛け。

そんな俺の言葉に、また素直に笑顔になる
彼女を擽ったく見つめて。二人を見送る。


彼女と春が防音室に籠ったのと程なくして
上がって来た冬馬と秋羅。


「お、無事レッスン開始?」

「ああ。…白鳥君は?」

「んー? ハハッ振られちったい!」

「そりゃそーだろ。
明らかなマウンティングに盛りやがって。」

「えーだってクッソ生意気なオスにはもう
二度と歯向かう気起こさせないまでに完璧に
叩いとかないとじゃん?」

「…叩けたのか?」

「いんや。まぁ奴もさっすがは『俺様俳優』
なんて言われるだけの気概はあるよな。
なっちゃんの挑発には牙剥きやがったのに
俺にはスルーかましやがった。」

「ったく、良く言うぜ。お前はそのスルーを
見事スルーしやがったクセに。」


呆れ気味に言った秋羅の言葉で、まるで俺も
その場に居たかのように場面が浮かぶ。

尻尾ブンブンで楽しげに嗾ける大型犬冬馬に
尻尾の毛を逆立てながらも背筋を伸ばしツン
とそっぽを向く白鳥キツネ。
それを塀の上で悠然と座ったデカくて黒い、
でもチェシャ猫然とした秋羅が見下ろし呆れ
顔って様で。


「…で、どーすんの? なっちゃん。
アイツに限らず彼女の周りあんなんばっか
だろ? 早めにお前は折角のリーチ、詰めた
方がイイんじゃね?」

「それな。もういい加減自覚してんだろ。
さっきの様子じゃ」

「…そんなに出てたか?」

「分からいでか。」

「な。」

「…流石に覚悟を決めるよ。自覚した。」

「今更だろ。…お前のは自覚はあったのに
誤魔化してただけじゃねぇか。」

「うっ」

「なっちゃん変なトコで意地っ張りだから
なぁ…。」

「ヘタレなだけだろ。」

「あ〜それな!」

「五月蠅い。」

「で、どーすんのもう今夜リーチ掛ける?」

「今夜?! 」

「いつやんだよ、『今でしょ!』だろ?」

「…お前ソレ好きだなー。でもマジで俺も
一期一会は見極めるべきだと思うぜ?
白鳥もさっきので完全にエンジン掛かっち
まっただろうしな。」

「…なるほど。」

「食事の後、俺らは遠慮してやるからお前
キメて来いよ。」

「あら秋羅サン何時に無く嗾けるじゃん?」

「…目の前で掻っ攫われんのは癪に障るだろ。
しかもあんな距離で。」

「それな! …夏輝、キメろよ?」

「…言われなくても。」



そんな会話をして。




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