Novel


□やられっぱなしのエチュード
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【 やられっぱなしのエチュード 】
(エチュード:étude(仏)練習曲、研究、即興劇)


「あの…ッ、あの!…ずっとファンでした!
好きで好きで堪らないんです、一磨さんっ」


俺が座長の公演の千秋楽。
最終公演が終わった打ち上げの日、盛り上がる
座の皆の様子を確認しながらそろそろシメの
流れかと店員に合図を送りに席を立ったその
戻りのタイミングで、店の奥の廊下で待ち伏せ
されてそう告げられた。

彼女は…元人気アイドルの子で、今は方向を
演技に絞って、今回も公演中は俺の座一本に
絞って出てくれていた。

とても真面目で、素直な良い子で。
少し天然な所もあるけど朗らかで座では場の
ムードメーカーだった。

そんな子が。

必死で勇気を振り絞ってくれたんだろう。
握り締めた手は力が入り過ぎて白くなってる。

今回の舞台での最初の場面、彼女は結構な
長台詞で幕開けをしなければいけない役処で
最初の立ち稽古でもこんな風にかなり力が
入り過ぎてたっけ…真摯なこんな告白の場面
なのに、そんな事を思い出してた。


「ッあ…、――ありがとう。
…俺、まだまだ未熟者だから、もっともっと
仕事に身も心も…時間も、費やしたいんだ。
…ごめんね…? 余裕が無くて…。」

「――…、」

「…成田ちゃ…、さん、が今回の公演も
凄く頑張ってくれたお陰で大成功だった。
…俺もこれからも頑張ってくから…どうか
応援してくれる?」

「…は、い…。」


グッと噛み締めた唇。
泣くもんか、っていうより「何で?」って
思いの滲み出た…悔しそうな口元の歪みに…
ああ、思ったより我の強い子だったんだな、
なんて思って。

もっと、こう…柔らかで穏やかなタイプだと
思ってた…なんて思う自分を、勝手な妄想で
ガッカリしたような気分になるなんて、俺も
大概失礼だよな、って思って。

キッと睨み上げるように顔を上げた彼女が今
吐こうとしている言葉は恐らく…あまり聞き
たくない系の文言。それも察して…このまま
一応聞いて吐き出させるか、遮るか、どっちが
後々ややこしくならないだろう?って思ってた。


「あーいた居た、一磨ー!」
「おっつー。座長、お疲れさん。」
「今回も大成功だったねー」
「…千秋楽おめでとう。」

「えっ? あっお前ら来てくれてたのか?」

「何だよもー、メンバーなんだから来るだろ。
…つーか島田女史からの言われたじゃん。
千秋楽にメンバーで祝う画像、それぞれの
SNSから上げろって。Waveの10周年記念の
取り組み一貫でさ。忘れてた?だから高山さん
(カメラマン)も一緒に来てるぜ?」


こんな廊下の隅にドヤドヤと来襲したのは
ウチのメンバー。

普段は個別の活動にこうして全員が揃って
来る事は珍しい。もちろん各自が自発的に
其々バラバラで互いに観に行き来してはいる
んだけど。――どうしても俺らみたいなのは
集団になると良くも悪くも視線が集まって
しまうってのもあるし。

この騒ぎに成田さんは何か言いかけてた口を
噤み、ニコッと明らかに作った笑顔で会釈
だけしてこの場を離れた。


――ある意味、助かったな…。

酷いとは思うけど正直な気持ちに自分でも
苦笑してメンバーに礼を言う。


「わざわざ悪いな。こんなとこまで」

「いんやー、まぁある意味
グッドタイミングだったろ?」

「――見てたのか?」

「つか丸分かりでしょ。向こうの座員らも
察してる感じだったし、完全に一磨、あの
女狐に包囲網敷かれてたんじゃないの?」

「え…」

「そんな感じだったよな。俺らが顔出して
『アレ?一磨は?』って訊いたら数人が顔
見合わせて『今はちょっと…』みたいな事
言ってたしな。」

「えぇ…ッ?」

「やっぱ一磨は察してなかったか〜。(笑)
アレでしょ、あの手の子は前々から数人に
恋バナ的に話振っといて『千秋楽後に私、
一磨さんに告白する!』とか何とかって
周りに周知して釘刺してたんでしょ。」


そう亮太に分析されれば…確かに色々と…
思い当たる節があった。差入れも大体いつも
彼女が俺の分を取り置いてたり、持って来て
くれたり…休憩も俺らの席だけ指定だったり。

座の運営とか、設営の段取りとか考える事が
多過ぎてそんな事気にする間も無かったって
言うか…。


「危ない危ない。一磨、気を付けないと。
あの手の女狐ちゃんは擬態するからね?」

「え、何ソレ、怖…」


ニヤリと人の悪い笑みを浮かべ、そう言う
京介に 翔がブルル…と肩を震わす。


「翔も気を付けた方がいいね…?」


呆れたような亮太の声が追い打ちを掛け、
更には京介の恐ろしい一言。


「振っちゃったんだから、今日はもう何も
飲まない方がいいよ、一磨。気が付いたら
自分も全裸で裸の彼女が隣で寝てるって事に
なりたくないならね?」

「えっ?! やめろよ。…それに俺、こういう場
では大体ハンドルキーパーで飲まないって。」

「――座長なんだから飲まされるだろ。」

「だよねぇ?」

「…それに、酩酊させるのがアルコールだけ
とは限らないし?」

「やめろよ!
…もう半期も一緒に過ごした座員だぞ?」

「…一磨? そんなの、もう後がないって
追い込まれたら関係ないって分かんない?」


呆れたように言われれば…確かにそうだ。
今日で最後、そう思うからこそ、ってのは
確かに強い原動力で。

でも。

「…でも俺は、座員を信じたい。」


そう言い切った。



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