Novel


□やられっぱなしのエチュード
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平たく言ってしまえば杞憂じゃ無かった。

ある意味、京介には感謝だ。
『そう』見て無ければ…きっと、見えて
無かっただろうから。

一次会を終え、ほぼ全員でそのまま2次会へと
雪崩れ込んだ。そしてそこでも盛り上がり、
場は幾つかのグループに分かれ、3次会へ。

俺は一番人数の多いグループへ。

成田さんもそこに居た。

あの後、暫くはあいつらも居たから彼女は
特に俺に近付いては来なかった。
…まぁそうだよな。いくら最後でも振られた
後に普通に接するのはキツイよな…。

――でも。

2次会の途中から、酔いもあってか彼女は常に
俺の席の近くに座り、今迄の稽古の時と同じ
ような距離感で世話を見出した。

無理をしてるのかな?って思わざる得ない様な
ハイテンション。キャッキャと声高に話し、
俺に料理とグラスを勧めた。


「一磨さぁ〜ん、食べてくらさいよぉー…
お酒もぉー飲んれ? ね?」

「…成田さん、飲み過ぎ。」

「そんな事ないれすよぉ?」


彼女が次々と頼むカクテルに、手で蓋をして
水を渡す。周りのグラスも下げさせて。

座員の何人かは
「イイじゃないですか、無礼講無礼講!」
「座長!今日で最後ですよ?
盛り上がりましょう?」
なんて無責任に煽り立てる。

さっき亮太に言われたように座長だからって
駆け付け三杯じゃないけど、何度か乾杯で
ビールは呷った。だから代行も手配してる。
先にこういう段取りをしておく事が様々な
意味での『事故』の防止にもなるから。

流石にこれ以上無理矢理酒を勧めて来ようと
する連中は目で制して、終電ギリギリになんて
ならないように皆に声掛けもした。

そろそろ幾ら場が盛り上がってても潮時だな、
というタイミングでそれぞれの帰りの手配を
確認し、トイレにも行っておこうと席を立つ。

そのまま…席から直接トイレに向かおうと
思ったけど京介に言われた忠告が頭を掠め、
そのまま行くフリをして、忘れ物をしたって
体で数瞬で戻った、

そのタイミングで。

酔い潰れたように突っ伏してた彼女がそっと
…見ようによっては水を飲もうとしてグラスを
間違えた、とでもいうように迷い無く隣の席の
俺のグラスを取った。

グラスの縁に手を掛け、俺が彼女にそれ以上
飲まないように、としたのと同じ動きで。
最初から怪しんでないと疑問に思わない、
そんなスムーズな動きだった。

彼女がスッと口も付けず、俺の席にグラスを
戻す、それを見届け…席に戻りそのグラスを
手に取った。

中を覗き込めば、注視して見ないと分からない
僅かな粉の、溶け残り。

クロだ。


ふー…と溜息を吐いて、コップには口を付けず
そのまま置いた。酔い潰れ、寝たフリをしてる
彼女がこちらに気を集中しているのが分かる。


隣で、彼女にだけ聞こえる落としたトーンで
そっと話し掛ける。


「こんな事をするくらい、追い込んでしまった
のなら謝るよ。…でもこんな事して始まった
関係なんて歪んでるから結局は破綻するんじゃ
ないのかな。…こんな結果になっちゃったけど
好意は嬉しかったよ、ありがとう。」


彼女はピクリとも動かなかった。
俺が…不自然にも中を覗き込むだけで飲まずに
置いたその様子でバレたと悟っていたのかも
しれない。


手近に居た女性座員に彼女を任せ、俺は明日も
早いから、と理由を付けてその場を後にした。


…そんな夜だったんだ。



その翌々日。
流石に翌日は休みにしてあって、何なら今日も
本当は休める予定ではあったんだけど…今日は
別撮りで撮り溜めてる、俺らの冠番組の中の
コーナーがあって、そのいつものスタジオの
隣で、そこでもやはり固定の撮影があって。

ウチの番組の撮影スタジオの隣で、別番組の
撮影をしているのは咲ちゃん。
…正確には彼女の出ているお昼の情報番組の
料理のコーナーの撮り溜めが同じ曜日なんだ。

そしていつも、そこで作った料理のお裾分け、
と彼女が俺らの楽屋に挨拶に来るのも定番に
なっていて。


「あれっ、一磨。
お前今日は休みじゃ無かったの?
一昨日が千秋楽だろ。」


最初に俺に気付いたのは翔。

そんな俺をチラリと横目で見て、また何も
無かったように読みかけの本に視線を戻した
義人。


「無事帰れたみたいだね。」


そう言って笑ったのは京介。
でも目敏くそう言われた瞬間の俺の表情を見た
亮太が大袈裟に溜息を吐いて片眉を上げる。


「やっぱ何かあったんだ?
…で、咲ちゃんに会って本物の天然と
人工天然の間違い探しの答え合わせ?」

「…そんな事ワザワザする理由はないだろ。」

「ありゃりゃ、マジ凹んでる?」

「そんな事ない。」

「ッ一磨、菓子食うか?…漫画もあるぞ?」

「ありがとう、翔。でもそれお前のだろ。
――皆にも感謝してるよ。忠告ありがとう。
…役に立った。」

「あ〜ぁ、やっぱ、かぁー」

「何で『やっぱ』な訳?
京介何か確信でもあったの?」

「んー? いやーあの子じゃ無いけどあの子の
前居たグループの子がその手のお薬の常習でさ
…ってウワサがあったんだよね。」

「――お前が盛られた訳じゃ無いんだな…?」

「まっさか!…んで彼女どうしたの一磨。
現行犯? 未遂?…あー未遂は立件難しいか」

「立件って…えっ警察に突き出したって事?」

「…翔ちゃん…、そんなパパラッチサービス
したってしょうがないだろ。そのままバッサリ
縁切りが妥当じゃないの?」

「――こんな事しても虚しくなるだけだよ、
的な事を言って…先に出ただけだよ。」

「うわ、聖人君子なの?」

「一磨らしい。」

「はは、そりゃその子、
居た堪れなかっただろうなぁー(苦笑)」

「自業自得だろ? 馬鹿じゃないの」

「亮ちゃんキビシー」


そんな事を外には漏れない音量でワヤワヤ
言い合って。

ちょっとだけ気も晴れた所に ノック。



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