Novel


□雨のち晴れ
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「咲は暫く留守の筈なのに
誰か他の女でも囲ってたりする?」


だなんて。
ドアを開けるなり辛辣な物言いを
浴びせられて。

玄関を開けたマンション廊下に、
久々に見るその姿。

ってか、何で此処に?
エントランスはどうやって?!

一応セキュリティ万全物件なんだけど。

って表情にでも出ていたのか、


「日本のセキュリティ甘過ぎ。
顔知られてると、芸能人ってだけで
フリーパスだなんて本気?」

「…咲との共演が知られてるから
打合せだとか何とか言って通って来たん
じゃないの?」

「その手もあったね。
で、夏輝、家の中に居るの誰?」

「…ミィ。
咲だってよく知ってる子だよ。」


久々に会う友人。(友人…?)
アメリカ在住の才能あるアクターで、
咲ちゃんの元共演者。

それでもって、
咲ちゃんの信奉者。
それこそ盲目的な。


「ルビー、いつ日本へ?
さっきの言い方だともう知ってるみたい
だけど、今咲はロケで地方。
帰って来るのはまだあと1週間も先。」

「うん、知ってる。だから夏輝の見張り
しとこうと思ってね。日本へは一昨日。
あ、ちなみにセカンドハウスに此処の
10階に部屋、買ったから。だから今から
引っ越し。あ、これ『引っ越し祝い』?
するんだろ? 日本では。」

「えっ?! 」


――もう、何からツッコんだら
いいんだか…。

渡された『蕎麦』(乾麺)を手に呆然と
その場に立ち尽くす俺。


引っ越し祝いは友人や知人がした時に
するもので本人じゃ無いとか、まして
今時、引っ越し蕎麦を振舞うのは都会の
単身世帯だとまず無いだとか、いやいや
その前に、アメリカ在住なのに此処に
家買ったとか(…あ、そっか。だから、
セカンドハウス、か。)どういう事?
ってか、さっきの顔パス云々は?
…単に揶揄っただけか。

そんなのが、どれから確認するべきかで
グルグル…。


「咲の鈍さが感染ったんじゃない?
…映画、続編撮るんだよ。それ決まった
から一足先に知らせに来たって訳。
なのに咲が居ないだなんて思わな
かったな―…山田に確認したら、そう
言われてさ。で、暇だから不動産屋を
回ってたら此処の空き見つけて契約した
ってだけなんだけど。」

「はぁ…。」


暇で不動産屋を巡るか?とか、ちょっと
見つけてマンション(しかも一応高級)を
ポンと買っちゃうか?とか…あ、そうだ
ルビーはセレブなんだった、とか。

もう溜息しか出ない。


しかもこの先の目に見える、ロケ中の
食事は、前回の来日ですっかり餌付け
された咲ちゃんの手料理目当てで
集りに来るんだろうなぁ(ってかきっと
いや絶対咲ちゃんが不摂生な
ルビーを放っておけない)とか。

もう公表もして婚約中の身だから、今更
それで何か不都合がある訳でも無いん
だけど………いや、あるか。
新婚家庭ならぬラブラブの婚約中の同棲
生活の愛の巣に普通、お邪魔しに来るか
とか。

言いたい事なら山ほどあるけど、でも
きっと、確実に…俺、ルビーには口では
敵わない。

それがハッキリしてて。


「…分かった。じゃあ、咲が戻り
次第、連絡させるから。連絡先の携帯は
変わらず? あと、蕎麦ありがとう。」

「…纏めに入ったな。ま、いいか。
僕の狙いは咲だけだし。」


カチン。

いやいや、俺婚約者だから。
こんな挑発に乗ってどうする。


――余裕で、余裕で…。


「うん、知ってる。でもルビーも知って
の通り、俺ら相思相愛だから。割り込む
隙なんか無いよ。」

「…1回の映画で息子にまで格上げした
けど、その余裕なんだ?」

「あれが上限打ち止め。生憎と去年も
咲にハッキリ言われてたけど、
俺だけじゃ無く彼女も俺一筋だから。」

「ふーん…。」


――ふーん…って…。(カチカチン!)
いやいや、余裕ヨユウ…。


「じゃ、ルビー。俺、仕事あるから。」

「うん、夏輝 Stay cool.(じゃあね)」

「あー、うん。Sincerely.(じゃ)」

「はは、カタいなぁ夏輝。」


――あーもう、クソ生意気。


なんて思いつつ。
俺はこの鬱々に更に上乗せ重石がドン!
な気分でスタジオに向かったんだ。




*
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