Novel


□Refrain
1ページ/46ページ

【 Refrain 】(リフレイン)



「…別れて下さい。」


そんな寝耳に水な言葉だった。

3ヶ月の海外ツアー中、彼女の突然の
長期休養宣言に驚いて、真っ只中の
ツアーの中日(なかび)に速攻で架けた
電話じゃ埒が開かず、俺は直ぐに彼女の
元へと駆け付けたんだ。


彼女の家へ行くといったのを拒否られ、
呼び出した俺の部屋へ、山田さんに付き
添われてやって来た咲ちゃん。

あくまで冷静な山田さんとは対照的に
ずっと俯いて膝の上で手を落ち着きなく
組んでは組み直し…僅かに震える声で
そう言った。


そんな突然の彼女の言葉に添えられた、
山田さんの説明は、こう。

ラビットの方針として彼女の女優活動を
強く推し、ハリウッド進出を決めた。
以前からその話はあったが(俺も聞いた
事があった)その為のアメリカで彼女を
支えるスポンサーも決まり、契約として
恋人関係など人間関係の清算を迫られて
いる、と。

珍しく饒舌な山田さんによると、彼女と
しては別れる気はないと言っていたけど
でもハリウッド進出は、弱小事務所の
ラビットにとって数年にも亘るビッグ
プロジェクトであり、別れず帰りを待つ
という集中を妨げる中途半端な事はして
欲しくないのだと。

そしてそれを滾々(こんこん)と説得して
彼女も納得したのだと。

彼女が結果を出し帰って来て、その時に
まだお互いの心が変わっていなければ
また関係を育み直す事には反対しない…


――なんだそりゃ!

そんなの納得いく訳無い。

だから彼女にその場で詰め寄って言った
んだ。周りが何と言おうと俺は君の手を
離さないって。

彼女の活動を止めさせるなんて俺には
出来ない。

彼女が今までどんなに頑張って来たか、
傍で見ていた俺が一番よく知ってるから

彼女とはこのツアーが終わったら一緒に
住もうって伝える決心をしてて、実際
つい2か月前まで彼女とは公表こそは
してなかったけど事務所公認(黙認)の
ラブラブで。

実家住まいの彼女は…オフの前日、必ず
と言って良い程俺の家に泊まりに来てて
…破局の予感なんて何一つ無かった。

だから、彼女の気持ちが未だ俺にある
って信じて疑って無かったし、俺は…
今も未だそう思ってる。

彼女の活動を支えたい。
例え遠距離でもいい。

そりゃ、出来る事なら直接触れあえる
距離の方がいいけど、でも俺は彼女と
想いを交わし合う直前にも、付き合った
直後も渡米や渡英で彼女をほったらかし
にしてた事があって。

それを死ぬほど悔いてたから。

今回だって3ヶ月のツアーで、前準備も
入れたら半年近く放ったらかしにして
しまう彼女との心とカラダの繋がりを
どれだけ強固にする事に心を砕いて
きたか。

だから今度は彼女が俺を置いて日本を
離れると言うのなら、ちゃんとそんな
彼女を支えて、俺は絶対に彼女の手は
離さない。

実際の距離じゃ無い、心はいつも彼女の
側に居て、支えたい。

そう思って。


でも彼女は、遠距離で繋がっていると
心残りで集中出来ないから…と、一旦
俺らの関係を白紙に戻すと決めたらし
かった。


何度言っても覆らない言葉。

山田さん抜きできちんと目を見て2人の
話をしようという俺の必死の提案にも
首は縦に振られず。

俺は思いつく限りの手を尽くし、彼女を
思い留まらせようとした。


春のプロデュースはどうするのか、と
言えば日本での活動と共に暫くは休止だ
と山田さんがバッサリ。

そもそも、春との関係も契約で、しかも
丁度契約更新時期で…それに関しては
俺に口出す権利はない。

しかも当の彼女がそれに同意していると
なれば尚更。


だけど、恋人関係は。
彼女と俺の2人の問題で。

間に山田さんが入って来るのは間違って
居ると思うし、また納得もいかないから
彼女に食い下がったんだ。


「咲ちゃん、君は本当にそれで
いいの? 俺と別れる事に、俺らの関係
終わらす事に納得してるの?」


って。

彼女の気持ちは2か月前、痛い程実感
していたし、俺らは互いに想い合ってた
のは確かで。

だから、きっと優しい彼女は事務所の
頼み込む勢いに押されて、内心は承諾
していないのに頷いてしまったんだって

…疑う事無く思ってた。


だけど

彼女は涙で潤んだ瞳を上げ、俺の目を
真っ直ぐ見て言ったんだ。


「私と…別れて下さい。夏輝さん…。」


って…。





*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ