Novel


□Refrain-rain *
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【 Refrain-rain 】
(リフレイン・レイン)


彼女が危機的状況を脱し、海外の専門医
から日本の主治医の元に戻って数ヶ月。

勿論、俺たちは一緒に居る。



何度も何度も…危機的状況を彷徨った
彼女の手を取り、絶対に離さないと…、
彼女を死神にも病魔にもほんの一欠片
だって渡したりしないと…俺は縋り付く
様に彼女の傍にべったりと張り付いて
いた。

彼女の家族の「偶には付き添いを代わる
から、外の空気を吸っていらっしゃい」
なんて心から心配してくれた言葉にさえ
素直に頷けず、あの地で俺は彼女を喪う
恐怖に耐えきれずに彼女の傍に付き添い
続けた。病院の近くにアパルトマンも
借り直した。幸い…ツアーファイナルの
後から急ぎの仕事は入れてなかった。
…俺は彼女に振られた時に、長期休みを
捩じ込んでたままだったから。

そんな彼女べったりの付き添い生活は…
彼女をこの世に、俺の傍に引き戻した
その日から。




「夏…輝さん…、
すこ…し、は…眠って…?」


彼女が昏睡から目覚めた夜、俺は彼女に
当てがわれたクリーンルームの一室で
彼女の手を握り、ずっとベッドサイドに
付き添っていた。面会時間のあるこの
病棟に、どうやって許可を取ったのか…

日本と違い、面会に対して患者の意思を
尊重するこの自由の国らしい対応なのか
いや、それでもきっと…先程までの、
彼女が目覚めるまでの一連の俺らの騒ぎ
ってのは病院側からしちゃとんでも無く
トラブルメーカーだと映ってるだろうに

まず間違いなくあいつらが強引に病院に
頼み込んだに違い無く…或いは…まだ、
彼女の病状が予断を許さない状況だから
時間外の付き添いが許されているのかは
分からなかったが…彼女のご両親と、
メンバーがこの場に残ってない事を見る
限り…きっと前者なのだと思った。


「…大丈夫。」


気付け薬的な強い薬のせいか彼女は時々
急にうつらうつらと意識が遠のいた。
そんな彼女の様子を見れば不安しか無く
眠れる訳もない。そもそも今日はツアー
ファイナルで、神経も昂ぶってる。
その直後のあの騒動で更に神経は過敏な
程に興奮しきってて、とてもじゃないが
今夜は安らかな眠りなんて訪れそうには
無い。


「………うそ…。」

「咲?」

「わ…たしが、夏輝さ…んの眠ってる
間に…死んじゃうと、思っ…てる…?」

「…ッ、馬鹿な事言っちゃ駄目。」

「……でしょ…う? なら、今は……
横になって…眠って……? ライブで…
疲れてる、でしょ…? そこ、に…
お母さんが使…ってた、ベッド、ある…
から…」


それはクリーンルームの外で。
付き添い家族の為の簡易ベッドがある。
…基本完全看護のこの病棟に付き添いは
必要無い。…だが、病状が急変した時、
または予断を許さない状況が続いてる時
などに付き添う家族の仮眠用に使われて
いる。

…俺からすれば、今ここで離れる方が
より眠れなくなりそうで嫌だ。
しかも、こんな付き添い許可が明日まで
通用するのかなんて不安もあって…
正直、傍に居られる今は一瞬たりとも
離れたくない。

それが我が儘だってのは分かってる。
まるで頑是無い子供みたいだとも。


「…ただ、傍に居たいんだ。
俺の元に帰って来た咲を、
感じていたい。…手を握ってるだけで
良いから…。」


彼女が俺の体を心配してくれて言ってる
のを承知で言い募る。彼女を喪うという
あの絶望を過ぎらせる言葉を肯定する
つもりは無いけど、…正直に言えば…
そういう不安も俺の中にはあって…。

気分は番犬だった。

『俺が絶対守るから』
誰にも何処にも君を連れ攫われない様に

もう二度と。
あんな思いは沢山だ。

ライブ会場から直行したこの病棟。
居たのは呼び寄せられた君の家族

意識の無い君
力の無い腕

響く機械の音だけの部屋


そんなものは。

つい数時間前体験したあの絶望感。

彼女は完全に俺を欺き、彼女の母を
自分の身代わりに立て、俺にライブを
敢行させた。

怒り、イラつき、絶望、不甲斐無さ。
…そして何より感じた、彼女の想い。
俺への愛。

…だからこそ苦しかった。
彼女が…自分自身の為にそんな行動を
取ったのなら、幾らでも怒って辛さを
ぶつけて彼女に俺の想いを告げるのに。

…彼女は俺の事を想って…
そう、俺の為にそうしたのだと解るから

俺への想いを優先して、俺を騙したのだ
と分かってるから。
……それが辛かった。

本当なら傍に居て欲しかった筈だ。
苦しくて辛くて、食べ物も、呼吸さえ
身体を生かす全てが苦しくて…

そう、だからミヨは俺に頼んだんだから

辛くて苦しいこの日々を…支えてと。
例え本物の恋人で無くても、最期は…
一緒に居て、と。

でも、彼女は…咲は…
俺が好きだから、JADEの活動が、
ギターが俺の全てだって知ってるから
それを優先した。

どちらが正しいとか
身勝手とかじゃ無い。

想いの深さ、質が違うんだ。

咲とは…互いの気持ちが心の奥に
響く、そんな付き合いを重ねてきた。
心も、カラダも重ね合って。

だからこそ分かる、彼女の決断。
でも…



だからこそ許せなかった。




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