Event 1

□男の背中
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【 男の背中 】



「うわぁ…」


俺が春の編曲の都合でガンガンにドラム
叩かされてる時に、春のレッスンに来た
咲ちゃんが律儀にもスタジオに
顔を出した。

俺は本当は直ぐさま尻尾振って、我らが
お姫さんのトコに飛んでくつもりだった
んだ。本当は。

でも


「冬馬さんってスゴイですねぇ…」


なーんてまるで見惚れたようにウットリ
とした声で言われたら、男としちゃー
そら張り切っちまうだろ?

俺も例に漏れずガンガンの上にノリノリ
んなって最強コンボの連打。

なのに


「…どーいう意味で?」

「え?」


――おい、夏輝! お前、俺の折角の
アピールタイム、邪魔すんじゃねーよ!

そう思って横目で夏輝を見下ろしながら
それでも力一杯叩いてた。

そしたらさ、チョーシこいた夏輝の奴、
俺をチラリと見返しながらわざとらしく
声を潜めて言う。
丁度俺にも聞こえる音量で言ってくる
辺りが性格悪っ。
…だってさ、こうだぜ?


「体力が? 力が? それとも筋肉?」

「夏輝…それって、ほぼ同じ意味じゃ
ねぇか? …つまり、筋肉バカ?」

「えっ、」

「…違いない。」

「しっ神堂さんまで!」


何だよお前ら、寄ってたかって人を
脳(ミソまで)筋(肉の男)みたいに!

ほんっとシツレーだよな、お前ら!
つか、咲ちゃん、違うから。
こいつらの言う事に耳貸さないで


そう思いつつ、ダダダダダッとドラムを
鳴らす。やっぱだからって今、途中で
テンション変わんの違うと思うし。
…俺もプロだしさ。


「えっとえっと、違くて…あの、何て
言うか…お、男の人だなぁって言うか」


――え…?

「は?」
「『男の人』?」
「…確かに冬馬の叩き出すこの力強い
ビートは男ならではかもしれないが…」

「や、あの、何て言うか…あの、上手く
言えなくて…っ、その、背中…?が
って言うか…」


――さっすが咲ちゃん、
分かってるぅーーー!


「あーガタイ良いから背中大きいしね。
それにドラムって特性上背筋は必須で
発達するし、冬馬は元から筋肉も付き
やすいから。」

「だな。昔っから大した筋トレも運動も
しねぇのにあのカラダだしな。」


「おっまっえっらなあァァァァッ!」

ダダダンッ! ダカダカダカダダン!


最後の節を打ち込んで。
ガンガンに長時間叩いて盛り上がった
筋肉から湯気が出たまま、ドラムベース
から降り立つ。


「おー、お見事。」
「うんうん、ちゃんと打てたじゃん。
あの厄介な箇所。」
「この調子で最初から入っていれば
良いものを。」


背後からフシューーッて蒸気が出てん
じゃね?って感じで仁王立ちの俺。

メンバーの揶揄ったような視線と
このニヤつきがムカつく。

そんなイラつきとドラムでドバッと出た
アドレナリンでテンションはかなりの
ハイスコア。


「わ…冬馬さん、湯気!出てますよ?!
あっ、汗…っ、タ、タオルっ!」


そんな俺の気配をどう捉えたのか、
咲ちゃんはアワアワして自分の
小っさいバッグから可愛い柄のタオルを
取り出し俺に当てがった。

全身ビッショビショの俺。
肌に当たるのは、彼女らしい柔らかな
肌触りでイイ匂いの可愛いタオル。
しかも俺のカラダ拭いてんのは可愛い
俺らの姫、咲ちゃん。


――くぅッ!

同じ洗剤? 柔軟剤? だからだろう、
タオルから仄かに甘い彼女の香り。
香水とかってんじゃない、この仄かな
香りは彼女ならでは。

自慢じゃないが香水は高もんから安もん
まで相当嗅いできたから自信アリ。

彼女なら、あの店のあの香水なんて
似合いそうなのになぁ…なんて毎回
思いつつ、でも、そんな香水に紛れて
隠れちまいそうな仄かな彼女の体臭が
実は俺のお気に入りで。

彼女、本当に匂いが淡くてさ。
俺がハグしたら俺の匂いになっちまうの

春のブリザードと山田さんの鉄壁ガード
それから俺らの睨みで護られたお姫さん
…もしも、彼女から他の男の匂いなんて
された日にゃ俺暴れちゃうね。確実に。

…まだ、誰のものでも無い天使ちゃん。

俺としてはリーダーの夏輝か、
彼女の唯一無二のプロデューサーである
春になら、って思ってんのにこいつら
何でこんなにヘタレなわけ?

んっとに、俺が掻っ攫っちまうぞ?
なんて思いつつ。


「はぁ〜〜〜あ♡
うはー咲ちゃんの匂い〜♡
ハー…癒されるぅぅぅ……」


彼女をハグしてスーハーと匂いを嗅ぎ、
首元に顔を埋め…ようとした。


「ストップ!
流石にそれ以上させるか。」


ガッと肩を掴まれ振り返れば笑顔だけど
目は欠片も笑ってない夏輝。
その腕に篭った力加減からも、全っ然
笑顔と見合わない。

大っ人げねー…。

そう思いつつ、さっき迄の揶揄いとかを
思えば少しだけ胸が空いて…ニカッと
笑って彼女を夏輝の目の前で強〜くハグ
して軽くsmack*。
(*軽く音を立てて頬にキス)。


「キャッ?! とっ、冬馬さんっっ!」
「冬馬ッッッ!」


ははは!
チョロイチョロイ!



*
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