Event 1

□イタズラしちゃうよ?
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「うぉいおい、人気俳優陣に囲まれての
四角関係だってよ? ウチの姫。」

「相変わらず『人誑し』してんなぁ」

「…高々番宣のSNSの記事だろう。」

「気にしてない。」

「またまたぁ、そう言いながらそのペグ
調整すんの3回目よ? なっちゃん♡」

「これはっ、ペグが古くて緩みやすく
なってるから締め直してただけだっ!」

「そーいう事は気づいてても
そっとしといてやれよ、冬馬。」

「仕っ方ないなぁ?」

「違っ」

「あーはいはい?」


ニヤニヤと態とらしく口元を押さえて
チラリと夏輝を覗き見るはこの季節でも
Tシャツ1枚で汗ばんでるパンチドラマー
冬馬。

さっき編曲が上がったばかりの新曲を
何度も試行錯誤を加えながら浚えていて
スタジオ内はその熱気で暑い位だ。

汗ばんだ分の水分補給と称して中休憩を
取りつつ無駄話に花を咲かせていた所、
最近評判のドラマに主演していて忙しい
らしく、顔を見せない咲の話題に
なっていた。

そこで軽く検索した、ネットから進言
された彼女の話題、しかもついさっき
UPされたらしき件のドラマのSNS。
共演者からのからの呟きらしき、その
内容は…

微笑ましくも胸騒ぐ、
彼女の本日の一コマ。


困った顔で笑ってる、でもけして困惑や
嫌悪は微塵も無い彼女の笑顔。
クシャクシャにされた頭、
共演者に囲まれた近い距離。
ああ、でもここの所続いてるって聞く
ハードスケジュールで少し痩せた…?
なんて心配も過ぎりつつ。

限られた枠内なんだから多少の近さは
当たり前にしても肩が密着する距離で、
笑っている彼女の姿。

そんなのはいつもの様子。

基本 人好きする彼女の周りにはいつも
人が絶え無いし、しかも何故か彼女の
周りの連中はパーソナルスペースが
『異様に』狭い人種がわんさか。

まぁそれはここに居る水城冬馬も
その一人ではあるのだが。

しかし正しい意味での『近しい関係』の
パーソナルスペースを許された男も既に
居るというのに

…そういう意味では彼も慣れては居た。

彼女のどの現場でも見られる
逆ハーレム現象は。

と言うよりその逆ハーレムから他の男を
蹴散らして、やっと手に入れた今の
関係だった。

――例えヘタレな自分が二の足を踏んで
いる内に、彼女から踏み出してくれた
一歩だったとしても、我武者羅に手を
伸ばして捕まえたのは彼だった。


折原夏輝
天下のJADEの名ギタリスト。
今や海外からもオファーに事欠かない
一流芸能人に属する男。
今やCM女王とも、お嫁さんにしたい
女性芸能人連続3年1位にして既に
殿堂入りだとも噂の彼女とはもう2年の
付き合いとなる。

事務所の都合で未だ未公表の、秘密の
付き合いではあるが、知っている者は
知っている。
そんな彼と彼女の付き合いだった。

付き合いたてから、いや…好きになった
時にはもう彼女以外は考えられない、と
一生の伴侶だと、決めていた。
それ程までにズブズブに嵌った大恋愛。

それは夏輝にも初めての体験だった。

もうアラサーの大人の男だ。
女性との過去が無い事はない。
もちろん日本を代表するロックバンド
なんて言われているからには女性には
不自由しない位にモテる。
一般女性どころか、モデル、タレント、
女優など女性としてある一定のランクは
軽くクリアするレベルの女性たちに。

でも、そのどんなに見目麗しい、また
素晴らしい女性であってもここまで心を
揺さぶられた事はない、そんな本能的な

恋をした。


そんな『彼女』に
2年経った今も
こんなに心を揺さぶられる
恋をし続けている。

高々共演者(しかも大勢)との
密接ショットで動揺するくらいに

またそれを1番勘付かれたくない、
悪友にして生業を共にするメンバーに
揶揄されるくらいに。


情けない


そう思うも、もう彼女への想いの発露は
今更で…夏輝が彼女を見初めた出会いの
最初っから関係も経緯も全て知っている
メンバーにはとっくのとうに承知の上に
今やデフォルトな状態とは言え。


「まぁまーなっちゃん?
折角のハロウィンなんだからさ、
ちょっと仕掛けねぇ?」

「は? またお前は何かいらん事を…」

「いやいや、ヨカラヌ事かもしんねー
けど『要らん』事じゃないじゃんね?
題して『ハロウィンキューピッド作戦』
ってどうよ?」

「…ヤな予感しかしねぇな。」

「同じく。」

「えー? お前ら冷たくね?
我がリーダーの心の平穏と姫の可愛い
笑顔の為に一肌脱いじゃおって気は
無ぇの?」

「場合によるな。
だけど別に今切羽詰まってるって程の
状態じゃねぇだろ。」

「馬に蹴られて犬に噛まれろ。」

「おお、さすが春。咬ませ犬ってか」


そこまで軽口を叩いた秋羅と春を正面に
見据え、ニヤリとした不敵の笑顔で
チッチッチと指を横に振る大男。


「咬ませ犬は周りのムジナ共だろ?
ちゃあんと自覚促しとかないと。
ほら、犬の躾はその場でスグにしなきゃ
身につかないって言うじゃん?」

「まさかお前に躾云々諭される日が来る
とはな。世も末だぜ。」

「ちょっと、秋羅サーン?」


そんな軽〜い発言と空気感の中、一層
不安に表情を曇らせたのは当の夏輝。
春は呆れて聞こえる程度の溜息を吐く。


「待てっ…何する気だよ、
彼女の邪魔になるような事は…っ」

「大丈夫ダイジョーブ!
絶対咲ちゃんキュンキュンよー?
大体さぁ、撮影やそのドラマの番宣やで
忙しくなってるっつのに、今までの
レギュラーはそのまま現状維持とか
山田さんも鬼かよっていうさ。
なっちゃんももう2ヶ月近くまともに
会えてないんだろ?」

「――それは…咲ちゃんが
今、朝早くて夜も相当遅くて電話で聴く
声も疲れ出てんのに無理してでも俺との
時間作ろうとするから…先ずは体休める
事が最優先って、俺が約束させたからっ
……って、お前本当に何する気だよ。」

「うっわぁ…なっちゃん本当 乙女心
分かってナイなぁ。そんなの言われた
咲ちゃんが逆に我慢してお前の
オトナぶった建前に合わせてんの、
確実じゃん?」

「……ッ」


自覚している痛い所を的確に突かれ、
言葉に詰まるしかない夏輝。


「ほら、春サマも久々に咲ちゃんの
キュンキュン笑顔、見たいっしょ〜?」

「……(溜息)。」

「ちょ…っ? 止めろよ春っ」

「止めて素直に聞き入れるタマか?」

「そっそりゃ走り出した冬馬はほぼほぼ
壊れたダンプカーだけどっ」

「燃料切れるまで止まんねーってか。」

「秋羅っ変に煽るな!」

「ほいほい、ほんじゃ準備しよー♡」



こうしてノリノリ冬馬の有無を言わせぬ
満面の笑みにグイグイと背中を押され、
日本を代表する(筈の)ロックバンドは
雁首揃えて車に乗り込んだのだった。



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