Event 1

□Grooming
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【 Grooming 】
(グルーミング:毛繕い、動物が体の衛生や
機能維持などを目的として行う行動)



「おはようございます!」


「おー来た来た!」

「おはよう、相変わらず早いね。
今日はロケじゃなかった?」

「折角早く来たトコ悪ぃが今日はちょっと
拘束長くなるかもしんねぇぞ?」


駆け足で上がって開けたJADEスタジオの
重厚な防音扉。
中ではソファセットに寛いでらした皆さん。


「今日は体調不良でお休みの方が出てて
撮影順序が変わって早く上がれたんです。
…私の方はこの後何もありませんし時間は
遅くなっても全然大丈夫ですけど…、何か
あったんですか?」

「あー…、秋羅、言いようがあるだろ。
ちょっとね、…春が新曲の集中モードに
入っちゃってて…。」

「グロッキーなゾンビ状態。」

「ええ…?! 」

「冬馬っ…えー…いや、まぁ確かにそんな
状態なんだけど、まぁある意味春のデフォ
状態っていうか…」

「アレがデフォってヤバいだろ。
歳も考えてそろそろ遣り方改める頃合い
なんじゃねーの?」

「やめろよ、秋羅まで。」

「…そんなに酷いんですか?」

「今回、かなり難産みたいでさ。
…もう3日?貫徹…」

「4日目だろ。」

「いやいや、初日ほぼほぼ寝てないで調整
上げてたから5日目になるんじゃね?」

「えっ、そんな無茶な…っ」


神堂さんは私の歌のお師匠さんで、唯一の
プロデューサーさん。今日は歌の恒例の
レッスンと、新曲の打ち合わせというか
構想?の相談もあって此処に来た。
以前とは違って最近は仕事も忙しくなって
毎週は来れなかったから久し振りに来れる
事にウキウキしてて、無意識に朝から鼻歌
なんて出ちゃいながら。
送り迎えをして下さってる山田さんに注意
されるまで全然気づかなくて指摘されて
すっごく恥ずかしかったの。

…私と神堂さんは、…その、お付き合いを
していて。お互いの気持ちを伝え合って、
確認して山田さんには最初に報告したけど
事務所的には許可(公認)はまだ出せない
って言われて…あ、それは彼の事務所から
もなんだけど…でもそれでも…お互いの
事務所も交えて再三話し合って、そしたら
JADEの皆さんの援護もあって…私たちは
非公認だけど黙認、って環境で。

そんな私たちだったから外で逢ったりは
もちろん、実家住まいの私が彼のお家への
お泊りなんてのもそう簡単には出来なくて…
しかも連絡とかも元からそんなにマメでは
ないらしい彼との状態だったから…私は
今の今まで何も知らなかった。

ううん、2日前に貰ったメッセージで彼が
今、新曲に掛かり切りになっている事は
知っていた。彼から『だから連絡が滞る
かもしれない』とは伝えられていて…。
だから、私からも連絡は控えてて。
だからこんな状態にまでなっている事は
知らなかった。


「あの…っ、様子見て来てもいいですか?
その、お邪魔はしませんから…っ」

「…いや、春を一旦穴倉から出した方が
いいだろ。飯は差し入れてるにしたって
換気と掃除もしてやった方が良いだろうし
奴の体内時計意識させなきゃだろうし。」

「んだな。今 春サマに必要なのは物理的
にも精神的にも『太陽(咲ちゃん)』
なんだろし?」

「言い得て妙だな。
その親父ギャグ臭い言い回しは兎も角。」

「なんだよ、真理だろ。
…んじゃー引っ張り出してくっか!
秋羅行くぞ。あ、なっちゃんお掃除隊員に
添っち(スタッフ)呼んで来て。」

「ん、OK。…あ…春に風呂入らせた方が
よくないか? その、髭とかも…」

「え、そんな介添えなんか出来ねぇよ。
つかどうせその内見る事になるんだし、
早めに晒しといた方が良くね?
咲ちゃ〜ん、ひっでー状態の春サマ見て
幻滅したら俺2番手立候補ね♡」

「へ? え? げっ幻滅なんてしませんっ」

「…冬馬。」

「うっわ、即答? 愛だねぇ愛。
でも思ってる以上かもよ? 煙草臭ぇし、
寝食すら忘れてる位なんだから風呂なんて
入ってねぇし獣臭すっげぇかも。」

「冬馬っ」

「…おい冬馬、色んな意味で蹴られる前に
止めておけ。馬と夏輝の足先がお前のケツ
ロックオンだぜ?」

「おわ、なんで? なっちゃんっ」

「さっさと行って来いっ!」


バシン!と冬馬さんの履く革のパンツが
張りのある痛い音を立てる。派手な音と
同時に上がった男性特有の野太い叫びが
その痛さを物語る。
一見いつもの笑顔のように見えているけど
密かに血管の浮き出てた夏輝さんに驚いて
私は一人スタジオから出て行く皆さんの
後ろ姿を見送ったのだった。


…み、皆さんが戻った時用にコーヒーでも
準備しておこう…幸い最近スタジオに備え
付けられたコーヒーの抽出機の使い方は
先日習ったばかりで覚えてるし。
ソファセットの紙カップが完全に乾いてる
のを見れば皆さんもコーヒーブレイクして
数時間は経ってるのかな?って推察して。




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