Event 1

□恋企画
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【 恋企画 】


その番組は、夜中にやってる音楽番組の
特番で…視聴者参加型の『企画』を普段
テレビ露出の少ないアーティストにも協力
して貰って自宅待機で自粛期間の今こそ、
テレビ番組を楽しんで貰おう!という趣旨
で行われた。

今や主流のネット配信の方式を取り入れ
人気のミュージシャンを起用する事で
今やテレビ離れしていると言われる若い
視聴者を獲得するのが狙いらしい。


「――って訳でさ、咲ちゃんに
掛かってんのよ。どうかお願いね!」


拝み倒される勢いで手渡された台本は
事前にそのアーティストさん達から回収
されたアンケートを元に作った謂わゆる
ミニドラマみたいな感じで…私は画面に
映らない相手役に合わせて、一人芝居で
話を進行して行く。

つまり、アーティストさんがそれぞれ
答えた好みのシチュエーションで、私が
その『彼女』役をする、と言うもの。
画面的には視聴者が彼氏役に見える、
アレ。

山田さんがその台本に先に目を通し…
眉間に皺を寄せる。


「コレは…事前にお伺いしていた内容
より…モノによっては遥かに結構際どい
台詞もある様ですが…?」

「いやいやいや、ほら咲ちゃんの
天然さならそうイヤラシくは聞こえない
と思うんで!」

「そう言う問題では」

「そこはほら! 演技力で!」

「山田さん…? 一体どんな台詞が…」

「これは出演承諾し兼ねます。」

「エッ、そんな! 頼んますよ、コレ、
咲ちゃんだからこそ成り立つ企画
っつーか、アーティストさんもこの役、
咲ちゃんだからこそだろうなーっ
て思ってくれてるっつーか…」

「まだこちらがOKする前に企画に
名前上げで通達してたと言うんですか」


地を這うような山田さんの声。
焦ってこちらにチラチラと視線を送って
くるスタッフさんの額には玉の汗。
…これは、承諾が出ないと上の方から
相当怒られるんだろうなぁ…そう思うと
普段からよく私に声を掛けてくれるこの
スタッフさんに沸く同情心。


「あの…その台本、私も見せて頂いても
良いですか?」

「咲っ!」

「…あ、このお名前…」

「そうなんですよ!
今回、JADEが目玉ゲストなんで!!」

「珍しいですね、皆さんがこういった
企画物に参加されるの…」

「そうなんです! だから是非ッッ、
咲ちゃんにご協力頂きたい訳で!」

「そう言う事なら…ね? 山田さん」
「ありがとうございますッッ!!!」

「咲ッ」


だって、…明らかに台本の台詞にまで
入ってる私の名前。山田さんが言った
ように、この企画を皆さんに持ち込んだ
段階で私の名前を出して交渉したんだ
ろうなぁ…って言うのが明らかで。

だったら、JADEの皆さんだし…そんな
変な役はさせないんじゃない?なんて
信頼感もあって隅々にまで目を通す事も
なく、私、軽くOKしちゃったの。

そしたらもうこれで決まり!と言う様に
山田さんの制止も聞かず、そそくさと
部屋を出て行くスタッフさん。
私が苦笑して山田さんに「そんなに心配
しなくても大丈夫ですよ?」って言えば
苦虫を噛み潰したような顔で

「…咲。恐らくだが、JADEは
この企画が成立しない体でアンケートを
書き込んだんだと俺は見たが?」

「――へ…?」

「悪巫山戯が過ぎる。…恐らくここまで
巫山戯ていれば俺が却下を下し、お前の
出演は無くなり、この企画も無くなると
踏んだんだろう。…彼らが番組の客寄せ
パンダ的なこの手の企画に乗り気になる
とは思えないからな。」

「え…っ?! でも…っ」


私は思わず慌てて、今見ていた台本に
もう一度 目を落とす。

…そこにはそんな悪ノリな台詞なんて
のはない。台詞的にも恋人同士の可愛い
イチャイチャ的な感じで…あ、これは
夏輝さんの台本なんだ…。

読み進めれば、次のページから結構…
その、オトナな…その、響きが…えっ、
コレ、冬馬さん!…え、でも神堂さん
のも…、え、あれ? 何か違うような…
ええ…っ、秋羅さんのも…コレってっ、
もしかして…っ


「気が付いたか。…恐らく後半のは、
回答しなかったメンバーのを水城さんが
適当に面白がって盛って書いた奴じゃ
ないのか?…どうせ俺がお前の出演拒否
してこの企画は成立しないと踏んで。
逆に製作側が巻頭にまともな折原さんの
台本を置いて渡したのはお前がJADEの
名前に安心して内容の確認もそこそこに
快諾するのを図ってだろう。」

「そんな…っ」

「…正直、此方としては十分話題性も
あり、お前の役柄の幅が広がるってのは
悪い事ばかりでは無いから良いにしても
…JADE側は喜ばしくは無いだろうな。
あの様子だと製作側の上の連中は完全に
乗り気だろうが。始めからどうあっても
お前に承諾させて番組の客寄せパンダ
としてお前とJADEの名前を並べて使う
つもりでいたんだろう。…この分だと、
もうストップも聞かない速さで企画は
動き出すぞ。」

「えええ……っ」


それは実際その通りで…。
慌てて廊下に出た私の目には、忙しなく
準備に取り掛かっているスタッフさんの
様子が映ったのだった…。



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