Event 1

□ハッピーDAY
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今日の収録は緊急事態宣言真っ只中、
って事もあり観客は居ない。

いつもなら応募で数十人のファンが
見守る中、アットホームにその子達も
弄りながら収録を進めるのをここの所
無観客で進めるのが当たり前になって
しまっていて。

だから現場でのファンサービスの必要が
無くなって、新曲コーナーとかの歌は
別撮りしたVTRを使用したり、何なら
PVを流用したりする。
…でも今日のゲストは咲ちゃん。
稀代の歌姫と名高い彼女だから大きく
コーナーを取って。

俳優や女優、芸人に有名コックなど
俺らの番組に呼ぶゲストは業界に縛り
なんてのは無い。だからゲストによって
コーナーの時間配分を変えたり、場合に
よっては新しいコーナーを作ったり。
最近のコーナーは、固定のトークと歌、
定番の料理対決、それからコント。
今回は咲ちゃんだから歌は勿論、
料理対決も、コントもトークも全部が
盛り上がる事必須で俺らは事前の企画で
アレやコレやでどれもやりたい!って
なってて。

だから、真面目なトークから入って、
彼女の近況や新曲、JADEとのコラボに
ついて聞いて…それからコント。
今流行りのアニメを模したコントだから
ある意味全員コスプレ状態。そこからの
ライブ。歌は事前に訊いていた、彼女が
好きな俺らの曲を一緒に2曲、彼女の
ヒット曲から1曲。…彼女の曲はあの
神堂さんの曲だから結構難解で本当は
彼女の曲から2曲したかったんだけど
十分な練習時間が取れなかったんだ。
コード進行がシビアな曲が殆どだから
『練習無し』で…しかもあの若手じゃ
実力No. 1の彼女と歌うなんて自殺行為
だからさ。

…そして歌った後はちゃんと手指消毒
した上で、皆できっちりコックコート
着込んで料理対決。業界でも有名な、
料理上手な咲ちゃんだから彼女も
応援だけじゃなく、対決参戦で。
だから今回彼女のピンクのステッチ入り
コックコートまで準備してある。

そしてエンディングは勝敗を決めた後、
皆で対決で作った料理を食べて。

そんな流れの今日。

俺はもうウキウキで…


でも、
少しだけ引っ掛かってて。


…何がかって?

今日会ってから、
まだ一度も言われてない。

彼女に、
大好きな咲ちゃんに
『お誕生日おめでとう』って。
『ハッピーバースデー翔くん♡』って。

え…まさか、忘れてる?
だいぶ前に話したから、知らないって
事は無い。…ハズ。

だって、あれから毎年彼女はいつも
俺の誕生日には何かしらお菓子を作って
くれてて。…その、誕生日ケーキは、
収録の度にアチコチで祝って貰ってる
ってのを彼女が知ってしまって…無しに
なったっぽい。…俺としては正直その日
何個目になろうと咲ちゃんが作って
くれるなら全然嬉しかったんだけど。

…でも、それでも彼女はいつも事前に
「翔くん、今年は何が食べたい?」って
訊いてくれるから、ここの所は食べたい
お菓子をリクエストして作って貰って。

そんな遣り取りも…そう言えば今年は
無かった? え…あれ、どうだっけ。

そんな事をグルグルしてたらそういや
今年はリモートでの参加とかが続いて、
直接会えてないからそんな会話も出来て
なかった事に気が付いた。

…え、もしかして…
本当に忘れられてる?

そんなバカな。

別に物が欲しい訳じゃない。
そりゃケーキやお菓子もあったら嬉しい
けど、別に無くたって。
…唯、咲ちゃんのあの優しい声で
可愛い笑顔で…俺におめでとうって、
言ってくれるのを楽しみにしてて。
俺の事忘れずに居てくれた事、それが
嬉しくて。


ずぅん…と落ち込んでくる。
せっかくの誕生日なのに。

皆がワイワイ、トークの後それぞれの
セットポジションでコント開始。
元ネタは今流行りのアニメ。

俺は熱血漢の少年役で彼女は優しげな
毒遣い。優しい喋りで毒を吐く。
本当は明るく可愛い女の子の方だったん
だけど、その…衣装がアレだったもんで
華奢で軽い彼女になったんだ。
でも、正解。普段はおっとりと優しい
彼女が口調は少しだけで変えて…結構な
毒を吐いただけでメンバーもスタッフも
すんげーバカウケしてたから。
コレはお茶の間でもバカウケ確定かも。

演ってる内に俺も楽しくなって来て、
さっきまでのションボリは何処かへ行く。
心の奥にはこびり付いてたけど。


他にも無言の大男に義人。
メチャメチャ肉付けした筋肉着グルミで
瞼を白く塗って白目を表現。彼はずっと
泣いてる役だから、後頭部からカツラの
下を通して目元に配線した極細ホースを
肌色のテープでくっつけて、ドン引く程
衣装がビッチャビチャになるまで涙を
流してお経を唱え、手を合わせてる。
見た目のインパクトは絶大だ。
亮太は天才と噂の最年少剣士で前日練習
したばかりの付け焼き刃とは思えない
殺陣のとある有名達人の動画で浚えた
刀捌きを見事披露。
京介はイケメンで世の女性の人気も高い
と噂の忍者役で、肩周りに三角筋を増量
させた筋肉着グルミを付けてその肩から
生やした竿にくノ一を3人付けて登場。
自分で動かして連動する人形を上手い事
動かしダンスして、皆を沸かせた。
大変だったのは一磨だ。恐らく映画の
影響で老若男女に一番人気と名高いと
言われる剣士を、声も高らかに台詞も
噛む事なく、以前時代劇で身に付けた
殺陣を基本に演じ切った。
彼と俺の役の少年が天然っぽい役回り
だったから、その二人の掛け合いに
皆が絡んでの成り切りコント。

思った以上にハマってて、途中皆で笑い
ながらネタ演って。でも身内ウケじゃ
無い証拠に、たまたま同じ階で収録が
あったらしい隼人さんが差し入れがてら
覗きに来てて、コントを最後まで見て
爆笑して帰って行った。


ニコニコニコニコ。
目の前で、笑顔の彼女。

さっきの役柄じゃなく、素の笑顔。

姿はさっきの役のそのまんま、でも次の
コーナーの歌のセットに移動して。
マイクを持った彼女が、皆に目配せした


…かと思ったら蝶々の羽織をヒラリと
翻し、突然アカペラで歌い出したんだ。




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