Event 1

□四月馬鹿見聞録
2ページ/3ページ



「きゃッ?! 」
「危ねっ」


ごった返したスペースで、仰反った勢いで
グラついた咲ちゃんの背中を支える
折原さんと俺。

一瞬合った鋭い眼光に思わずパッと手を
離し、電車の痴漢の冤罪防御のように
両手を上げる。


「大丈夫?」

「あ…っ、ハイ、ごめんなさいっ!
バスケットの中にむ…虫が入ってるって
思って…」

「冬馬! またお前っ…
しかも咲ちゃんの折角の差し入れに
何やって…」

「わわっ、なっちゃんタンマ…っ」

「…またグミじゃねぇか…。
緑が派手だがやたらリアルだな。」

「だっしょおー?」
「お前っ」
「夏輝さんっ、違います!
すぐグミなのは気付いたんですっ、でも
反射的に声が出ちゃって…」

「…当然の反応だな。」

「そうだよ、自分が持って来たベーグルの
バスケットに入れた覚えの無いモノが
入ってるだけでも驚くのに、それが一見
ではあっても虫じゃ…」

「あっ、あの、ほら、でも美味しそ…」
「――本当に?」

「ぅ…」

「いくら実体がグミだって分かってても
虫型じゃ食う気も失せるって。」

「真理だな。」


スタジオの中に持ち込まれた差し入れ。
料理やお菓子作りが得意な彼女は、よく
こうやって俺らスタッフの分までも作って
差し入れしてくれる。

それを囲んで皆で一服休憩するのも慣れた
今日この頃。スタジオの隅っこのソファ
ブースに広げられた彼女の手製のベーグル
サンドとやらを囲み、其々が全員分の
コーヒーを買いに出たり、手拭きを準備
したりしてる最中だった。

まだバスケットの中にあったベーグルを
出そうと喋りながら蓋を開けた彼女が
中にトグロを巻いたように絡み合った虫型
グミに悲鳴を上げたって訳だ。

ベシッとグミの束を掴み、結構本気な力で
水城さんに投げ付ける折原リーダー。
スタッフが一瞬凍るものの、長年居る奴が
すぐ様我を取り戻して「あーあ勿体無い」
とか何とか言いながら床の上に散乱した
虫グミを水城さんと拾ってる。

その様子にオロオロしてんのはまだ場慣れ
してない添田と咲ちゃんだけだ。


「…勿論、お前が責任持って食えよ?」

「『スタッフが美味しく頂きました』って
ヤツだな。食べ物を粗末にすんのはバチが
当たっちまう。(笑)」

「投げつけたのは夏輝じゃねぇか。
俺は粗末にしてねっつの。」

「あ…っ洗えば…」

「だから、虫は嫌だろって。」

「え? 咲ちゃん食う?
一応コレ、ちゃんとオーガニック材料よ?
長いから両端から◯ッキーゲームみたく
カミカミしちゃう?」

「その絵面、お前の腹ん中の回虫が
口から出た図じゃねーか。」

「井上さん勘弁して下さいよぉ〜…っ
食事中ッスよぉー?! 」

「…腸に見えなくも無いな。
切腹でもさせて挿し込むか…」

「「しっ、神堂さん?! 」」

「おー珍しい咲ちゃんと添田の
見事なハモリ。」

「巫山戯んのはそこまで。」

「ぅわ、夏輝マジオコじゃん…」

「水城さん早く謝った方が良いッス!」


ああ…阿鼻叫喚。
内心両手を合わせて「なーむー…」なんて
やってた俺は、手渡されてたベーグルを
パクッと一口。


「うわ、美味ぇ。」


――初めて食う食感。
なんつーの? 硬いけど硬いだけじゃなく
しっとりドッシリとした噛み応えが何とも
美味い。…それに何だ? このソース…?


「良かった!…グレービーソースとマヨを
和えてみたんです。その…お肉のには。
海老のは臭み消しでバジルとマヨにしてて
あっ、ソーセージのもありますよ?」

「すげぇな、咲ちゃん。
ウチの嫁にレシピ教えて欲しいわ…。
アイツ和食は得意だけどハンバーグとかの
洋食はからっきしでさぁ…」

「和食がお上手ならスグですよ!
清田さんトコのお子さんまだ小さいんです
よね?…だったら離乳食だから和食メイン
なのは仕方ないと思います。」

「若ぇのにンな事まで知ってんのか。
スグ嫁に行けちまうなぁ…あ、でも
咲ちゃんなら山田氏が簡単には
嫁に出させねぇか。」

「(…清田?)」


背後から恐らく俺にだけ聞こえる音量で
囁かれた『何余計な事言ってんだてめぇ』
の響き。…それなりに音楽業界で長く飯
食ってるから耳だけは熟されてる。

ヒッ?!と背中に冷や汗が伝ったが…目の前
にはニコニコと弟の離乳食の頃の話に花を
咲かせるお姫さん。

そのホワホワした可愛い笑顔に癒されてる
のも本音で。


俺は同僚の憐れむ視線を横目に…前から
後ろから…四方八方から向けられてる
殺人ビームに晒されたのだった…。








Happy April fool’s day?










end.

あとがきへ →
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ