Event 1

□チャッカマン
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【 チャッカマン 】
(ガスライターの商品名)



せやねん。


最近忙しぃてあまり逢えとらん俺の彼女。

彼女はテレビには出ずっぱりやから、
顔はいつだってリアルタイムでは見れてん
のやけど。

お昼の情報番組も番組改編で人気やから
時間拡大したのはええねんけど、人気者の
彼女のスケジュールを押さえる事が出来ん
かって、彼女はアシスタントを卒業して
この春から…番組内のとあるコーナーの、
いちコメンテーターになってしもた。

それは、いつぞやかの二人の付き合いの
公表に備えてでもある身の振りやねんけど
俺ら(宇治抹茶としても番組としても彼女の
人気からの、番組印象を考慮した上層部)
としても『卒業』なんて、絶対承認出来ん
内容に、どうにかこうにか交渉して…
番組に籍を置かせたんや。


なんでやねん。


女優で歌姫な彼女。
最近はバラエティ番組も流行病やなんやで
厳しなって…スタジオへの人数制限なんて
のもあったりで俺らの共演は、以前から
したらホンマに無ぅなってん。
正味半分以下に減ったかもしらん。
…いや、減ったな。確実に。

歌番組もリモートとかになって中継ばっか
になってもーてるし、同じ番組に名を連ね
ても結局一緒に会える事はほぼ無いねん。


恨むで、コロナ。
いやそれは世界中の人が思てる事やけど。


それに乗じて、番組も改編改変で色んな
遣り方、取り組み、撮影方法とか変わって
来てて…漫才の方かて一時は舞台がゼロに
なってた事もあって。…まぁ俺らは幸い、
幾つか冠(番組)も持ってたんと、ラジオや
地方番組も持ったままやったから、お飯
(まんま)の食い上げなんて事態にはならん
かったのやけど…後輩の何人も、食うに
食えんでヒーヒー言っとる。
…そういう連中の多くは食費を浮かす為に
賄いのある飲食業でバイトだったりするから
バイトしてる店自体の営業自粛でシフトが
減ったりもあってホンマの意味で死活問題
だったりしとるんや。

せやから少しでも余裕のある俺ら先輩芸人が
何やかんやと理由を付けて短時間でも飲みに
誘っては食わしたりはしてんねんけど。


そんな時間すら恨めしい。
マジで俺らとの飯が生命線になっとる後輩は
捨て置けないにしても、大本命の彼女との
時間が取れないのは俺自身の死活問題じゃ。


そう思っとんのに。



「兄さん、聞いてくださいよぉぉぉ…」

「何やなんや、聞いとるやないかい。」

「ホンマ、俺嫁に逃げられそうなんスよぉ
『このままやったら一家共倒れになるから
アンタもう芸人なんて辞めてまい!』て
とうとうアイツ切れてまいよって…」

「…このご時世や仕方ないて言うしかない
のがどうにも世知辛いよな…。嫁はんも
分かっとるけどそう言うしかないんやろしな
…そこは受け止めたらなあかんのちゃう?
辞める辞めないやなしに。『すまん』言うて
嫁の文句を全部聞いたりな。気持ちをさ、
お前に吐き出しゃあ、少しはお落ち着くかも
しれんやろ。」

「流石は慎さん!」

「そーいや聞きました? こないだとうとう
伊藤も足洗う言うて…会社に言いに行った
らしいで。」

「えっマジか!」

「マジマジ。俺マネージャーから聞いたし」

「マジか、8年やろ?
…踏ん張り時やったんちゃうん…。」

「いや、8年下積みはキツイで。」

「お前何年なる?」

「俺?…あー何のかんの11年か。」

「11年下積みやんけ!」

「一度は売れたわ!
今は起死回生狙っとんやないかいっ」

「あー、あの『ほか、ほか!』か?
アレ売れた言うんか?」

「CMに使われたんやから明らかに日の目
見てるやろ!」

「どー思います? 兄さん〜」

「売れた、思えば売れたになるし、まだまだ
思えばまだまだ、やろ。…何にしても満足
してもーた時点で成長は止まるんやから、
足掻くしかないやろな。」

「くぁ〜ッ! 天下の宇治抹茶でそんな事
言われたら、俺らいつまでもアガリなんて
来ませんよ!」

「アガるつもりならさっさと辞めてまえ!」

「せやな、何をアガリとするんかにもよる
やろうけど、冠(番組)何個持とうが俺らの
一番の本陣はやっぱ舞台やからな。」

「くぅぅぅ! カッコええ!!」

「ぅわぁ…流石は松田さん! 宇治抹茶の
本陣は、やっぱネタっすよねぇ!!」

「(…ほんならテレビの仕事なんてやめて
まえばええのに。ほしたらワシら若手にも
お鉢が回って来るんちゃうん。)」


普段から酒癖が悪く、今も酒が入って
口が軽くなった若手のボヤキが耳を掠める。
慌てふためいて無理矢理口を塞ぐ、その
相方の顔が蒼褪めとる。


「えーよえーよ、気にすんな。
こんな舞台も中止中止の不景気続きじゃ
誰かに噛み付きたくもなるわな。」


慎が苦笑してその場の凍った空気を執成し
てやる。明らかにホッとした後輩らの空気に
『アホやなー…』なんて横目で見て、店との
約束の時間短縮を加味してそろそろお開きに
なる最後の1杯を頼んだ。


「稼いどる方は余裕がちゃいますね〜」


折角慎が流したったのに、まだクダを巻こう
とする後輩。ほらな、コイツにゃ甘い顔は
あかんねんて。


「ぁん?」

「ヤメぇて! お前飲み過ぎやて!」

「五月蠅いわ! なんやねん、顔がええから
言うて舞台上がって1〜2年でスグにキャー
キャー言われて出待ちまで付いてテレビに
出れば看板や。ほんで東京渡って2年で冠?
そんな奴に11年目のキヨさんの気持ちが
分かる言うんか!」

「…そういうお前には分かる言うんか?
高々5年目で、番組に採用されたら毒吐いて
噛み付いたらならん相手も踏まえんと場の
雰囲気乱して『使い辛い奴』言う印象を
上に与えたんは自分やろ? てめぇの判断や。
己の判断ミスのクセにずっと根に持って、
周りにグジグジいう奴にチャンスを与える
奴なんかおらんからな? …そんな奴は折角
こっちが与えたチャンスを活かせなんだら
今度はその与え方が悪い、言いよんねん。」

「…隆やん」

「キヨの努力は皆知っとる。だからこそ
今も地方番組でも、深夜枠でも…細々でも
仕事は絶えてへんねん。」


「隆実さん…っ」



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