Event 1

□チャッカマン
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隆やんが口数もそう多くは無いんに後輩に
慕われとんのはこういうトコやと思う。
俺らの事を何の言われても別に特に相手にも
せんクセに自分の懐に入ってる奴に対しての
暴言は絶対許さんねん。

キヨは俺らの直の後輩で年次で言えば2年下。
昔っから不器用でトークとか上手ないねん。
せやから大手の番組なんかに呼ばれた日にゃ
ガッチガチに緊張していつもズタボロ。

真面目でええ奴だからどうにか取り立てて
やりたいんやけど何度もそんな風にチャンス
潰してもぅて、本人もその後の打ち上げで
号泣して…もう辞めようか…なんて相談も
実は何度されたか。

そんなキヨの裏側知ってるだけに噛み付く
口実に簡単に口にした奴を許せなかったん
やろうなぁ…。

俺からしたら『放っとったらええねん、
ああいう奴は自分で勝手に自滅しよる。』
と思う事を、こんなに熱ぅなるんはコイツの
情の深さや。…正直、俺らが何も悪の代官
張りに勧善懲悪せんでも甘ぁい対応して
『イイ先輩面』しとったらこーいう奴は
勝手に消えてくんにな。

実は一見優しぃ見える俺のが腹黒で、一見
厳しい事言う隆やんのがずーっと面倒見が
良いなんてこの内の何人が分かっとるんや
ろうな…。

そんな、俺が(実は)冷ややかな目で見てる
とも知らず、まだ隆やんに噛み付こうとする
己を知らぬ阿呆。


「何やねん、その『使うてやる』いうん
その態度が気に入らんねんっ、今売れに
売れとるからって…」


あーあかんわ、我慢ならんの俺やったわ。
酒入っとるからやろーなぁ。


「そや、売れとんねん。せやから俺らには
選択権があるんや。…番組に貢献出来る奴か
そうで無いか、選別して選択する権利が
あんねん。自分らの番組やからな。
続く番組を作る為に、目は必要やろ?
…情だけでは番組は続かん。画面の向こうの
視聴者はシビアやで? 実力の無いモンは
スグ弾きよる。…お前はどうやったから、
今の状態なんやろな?」


グビッとコップを空け、タン!とテーブルに
置く。そんな力を入れた訳やないけども、
俺の普段出さない気迫に静まり返った座敷に
その硬質な音が高らかに響き渡った。


「ほな、酒も過ぎたようやし…お開きに
しよか。おーい、姉さん、お愛想してや!」


俺がカードで払っとる間に隆やんがチラリと
合計を覗く。次はお前な、とねーちゃんに
手渡されたレシートを渡し、既に気の利く
後輩が呼んでくれたタクシーを暫し待つ事
数分。

その間にあのガキャ、更に俺らに噛み付き
よってん。…ホンマ干したろか!


「…ほなら咲ちゃんも宇治抹茶さんの
指名ですか! あんなおぼこい(初心な)フリ
して、メインアシスタント下ろされても続投
やなんてやっぱ枕(営業)っすか?」


ブチッ!

――あかん、干す。
何が何でもコイツ、もう追放や。


そう俺がブチ切れた瞬間、それよりも先に
バグッと鈍い音。

看板が乱立する狭い場所やったんに、続いて
ガッシャーン!なんて倒れ込む派手な音が
響かなかったのは隆やんが奴の胸倉を掴んで
2発3発連続でお見舞いしてたからやった。


「わわ?! ちょ…ッ!」


あかん、人目が多過ぎる。
人だかりに迄はなって無いにせよ、如何せん
俺ら顔売れ過ぎとんねん。

ほら、あっちゃこっちゃでムービー回してる
ガキ共がおる。俺らやと知ってて。


既に顔を腫らした後輩のクソガキはもう、
死なば諸共とでも思っとんのか、醜く歪んだ
表情でせせら笑いながら皆に聞こえる声で
「コレでアンタも終わりやなぁ!」と宣った。


「…大事な女の名誉守る為なら、
冠の一つや二つくれてやらぁ!」



――…隆やん、お前…そないに熱い男
やってんなぁ…。いやそうやったわ前から
確かに。


慌てて俺らをガードしようと身を挺すキヨを
始め後輩の数人。中には面白そうに俺らを
見てる後輩(やつら)もおる。
…お前らの表情、しかと記憶したからな?


「はいはいはい、俺も同感。
…長年共にして来た大事な咲ちゃん、
堕とされて笑って許してはやれんねや。
…お前、覚悟しときや?」


そう言ってブチ切れとる隆実を羽交い絞めに
して、クソガキを後輩に弾き渡す。


「今時暴力沙汰なんて芸人人生も終わりや!
ハッハァ! ざまァみろ!! 俺がっ宇治抹茶
落としたった! 首取ったったぞ!」


後ろで声高にそう叫ぶクソガキを、後輩共
数人掛かりで押さえ込んでいるのを尻目に
こんな状況になって漸く到着したタクシーと
誰に通報されたか走って来よった警察官。


「あー、すんません。」

「…事情をお聞かせ頂いてもいいですか?」


警察官も俺らの顔を知ってるんやろう、何か
申し訳なさそうにそう言って人だかりを避け
奥の路地に押し込む。


「悪い、キヨ、タクシーは帰しとって。」

「は、はい…っ! 俺、証言しますからっ
焚き付けたのはコイツやって!」

「おーおー、サンキューな。
お巡りさん手ぇ煩わせてすんません。」

「…はぁ、何でこんな事…」


野次馬を、応援に駆け付けたお巡り(さん)と
後輩らが整理してる声を聞きながら路地裏で
事情聴取を受ける俺ら。

その間もクソガキの相方は泣きながら己の
相方を地面に押さえ付け、『スミマセン、
スミマセン』と泣きじゃくっている。

殴った拳を朱く腫れさせ、その手を押さえて
低く俺にだけ聞こえる音量で「…すまん…」
と言った隆やん。


「お前が殴っとらんかったら俺が行ってた。
…だから謝んな。」と笑った。


「暴力はダメですよ…」


そう困ったように諭すお巡りに愛想笑いして
「ハハッそーっすよね。すんません。」
なんて返しつつ、頭の中はこれからの事を
グルグルと考えてた。



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