Event 1

□OIL
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『あっあの!今日、一緒に……
私の実家に来てくれませんか?』


――……はい?


目が点、いや、もう正にこの状態は
ソレ以外言い様が無いっちゅーか…。

いや、思とったよ?
咲ちゃんが親にも話したて言うた時
近い内に挨拶行かななーって。うん。

俺ホンマに本気やし、結婚を前提として
お付き合いさせて頂いてます言うて、
ちゃんと…て。

せやけど、今日はこの収録の後…珍しく
2人共今日の仕事終わりやから、一緒に
メシでも食うて…ってのは約束しとって
その…あわよくばその後もどっちかの家
行ってシッポリ…って。それは勿論、
1人暮らししてる家の方な。

せやのに、こんな突然、一体何で?


そんな呆然と考えとった俺の表情をどう
思たんか、彼女をアワアワと焦った涙目
なってもぅて…。


「ごっ、ごめんなさいッ突然…っあのっ
今度の松田さんのお誕生日、たまたま
偶然その日に家族で食事会しようなんて
話が出て…っそれで松田さんのお誕生日
だから別の日にしてって言ったんです。
そしたらお父さんが、その…そんな事
する前に…その、挨拶に連れて来なさい
って…そう今朝言われて…」


――な、なるほど…。

家族の食事会、お父さんが俺の誕生日を
知っててぶつけたとは思わんけど…。
愛娘が彼氏優先でブチ切れた感じか?
しかもお泊まりやてバレてるやーん…。
そら、連れて来い言うわなぁ…。
いや、お父さんには悪いけど初めての
お泊まりやないねんけどな…。

そんな事言われへんけど。


俺、芸人やし。
彼女と歳の差あるし。
きっとお父さんからしたら要注意人物。
しかも超。


「おい、隆やん。チャンスやんか!
何を呆けとんねん! 男やろ、ビシッと
決めて来んかい!」

「す、すみません、突然過ぎますよね…
あの、後日に変更して貰い…」


――いやいやアカンやろ。そこで今日は
行けません、なんて言うたら、お父さん
俺の評価更にドドン!や底値まで。

…おっしゃ行ったろやないかい!
愛しのカノジョの為や。如いては俺の…
俺と彼女の明るい未来の為。


「…いんや、行く。行くよ。お父さんに
そう言うといて。今日やな? ほんなら
帰りに何か手土産買うて行かなあかんな
この後の時間で開いてるようなトコ何処
かええトコあるかいな、慎。」

「おお、エエ店あるわ。電話しとくから
帰りに寄って持って行き。スーツは?
その衣装で行くんか?」

「行くか! ネタちゃうねんぞ。一応、
ジャケットも持っとるけど一旦家寄って
ちゃんとしたスーツ着た方がええか。」

「そらそうやろ。」

「えっ、そんなそこまでしなくてもっ!
行けたとしてもお仕事帰りになるって
話してるので大丈夫ですよ!」

「…そう言う訳にはいかん。これは男の
正念場やし、ビシッと決めさせてや。」

「…ヒュー♪ 隆やんカッコええなぁ!
結婚の申し込みか?」

「えっ?! 」

「そのプレ申し込みやな。」

「ええっ?! 」

「何や、その前にお前咲ちゃんに
通しとかなアカンやん。」


――あ…。

ホンマや。勇み足になり過ぎて、一番
肝心の彼女にまだ言うて無い事を慎に
言うてもぅた。しかも彼女の目の前で。


「ちょお慎、悪い。少しだけ出とって」

「…おお、ついでに今手土産の手配して
周り見張っとくわ。」

「スマン。」

「エエて、エエて。ほな、咲ちゃん
後でな。隆やん決メぇよ?」

「おぅ、任せとけ。」

「え…?」


…流石、俺の相方や。
呑み込みの早い慎。
サッと新聞と台本を掴んで速攻で退室。

静まり返った楽屋内。
俺と向かい合った咲ちゃん。

俺はそんなプチパニックな彼女の手を
取って。彼女の目は真ん丸ウルウル。


「あんな、咲ちゃん。
俺、付き合うた日に言うたやんな?
『俺は咲ちゃんとこの先、じぃさん
ばーさんになってもずっとって思てる』
て。覚えとる?『絶対この手離さへん』
とも言うたな?…その意味、解るな?」

「あの…」

「俺、ちゃんと言うから。お父さんに
結婚を前提として本気で俺達お付き合い
してます、て。…ええか?」

「松田さん…」

「せや。遠ない将来松田咲になり。
……ええな? 」

「…はい…っ」

「よっしゃ、ほんなら本番も頑張ろか。
今日はキメるで? 仕事も挨拶も。」

「…はい…っ」

「ほれ、泣くんなら俺ん胸で泣き。
…慎も今は気を遣(つこ)てくれてて
直ぐには入って来ぇへんから。」


抱き締める小さな頭。
柔らかいカラダ。

コクリ。
小さく上下する彼女の顔。



――ああ、力が漲(みなぎ)るようや。






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