Event 1

□ご機嫌な彼
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カチャン!


亮太くんの普段は住んでいない、
セカンドハウスのマンションで彼との
約束で…彼の誕生日のパンケーキを焼き
ながら彼を待っていた。

このマンションは、普通の住宅街にある
普通の、だけどセキュリティはしっかり
したトコで、一般的には多分グレードの
程々高めのマンションで。

…でも一見、トップアイドルの亮太くん
どころか、芸能人が住んでいるなんて
思えない、普通のマンション。
しかも便の悪いこのマンションはまず
パパラッチにも見つからないから、と
最近では私たちの逢瀬に使われてて。

駅から徒歩15〜20分は掛かる此処に
来るのに、私はパパラッチ対策も兼ねて
変装してここの最寄駅から二つ前になる
大きな駅から二駅だけローカル線の電車
に乗り、徒歩でこのマンションに来る。
人気の少ないローカル電車を降りれば
もっと人気の少ない住宅街で、歩いてて
誰かに尾けられたらすぐ分かるから、
ドキドキしながらも…何処か安心して
そのドキドキを楽しんでて。

少ない休みの度に、ここへと向かうのが
恋人の亮太くんに逢えるドキドキと、
それからお忍びのドキドキの相乗効果で
楽しみで仕方なくて。

それにプラスして、今日は亮太くんの
誕生日だからずっと前から準備してて。

クリスマスイブがお誕生日の亮太くん。
この時期…どうしても世間的には、
クリスマスの雰囲気の方が優勢だから、
私は敢えて部屋からクリスマスの色は
全て除いて。

こないだのお休みに、亮太くんと一緒に
飾り付けた小さなツリーも台所に隠して
小さなテーブルの上は今日までに私が
亮太くんに作ったお料理で、亮太くんの
反応が良かった物だけをチョイスして
昨夜の内に下拵え出来る物は作って、
持って来て盛り付けて並べて。

亮太くんとの約束のパンケーキだけは
やっぱり焼き立てが一番だから此処で
焼いて飾り付けて。

そんな、丁度飾り付けが出来上がる頃、
彼の開ける鍵の音。

思わず出てしまう満面の笑み。

フルーツを触ってた手を洗い、急いで
玄関に向かう。…と言ってもワンルーム
だから、囲われたキッチンから数歩出た
だけなんだけど。


「お帰りなさい!」


エプロン姿のままそう言って。

まだ免許も無くてアシの無い私だから、
この部屋で待ち合わせしても…殆どが
私の方が遅いか、亮太くんのバイクで
同時に入るかしか無くて。
こうしてお出迎えなんて出来た事、殆ど
無いんだけど、今日は一人で結構長く
この部屋に居たからか、自然に出た
その言葉。

亮太くんは、唯でさえ大きな目を更に
おっきくして玄関先で佇んで。


「亮太くん…?」


カチャン、カチン…ッ。

静かに閉じる扉の音。
それから無意識のような流れで閉めた
鍵の音。

亮太くんは片手だけ填めたままだった
バイクの手袋をスポン、と取り…鍵と
一緒に靴箱の上の定位置に置いて。
少し照れ臭そうに視線を落としたかと
思ったら、ふ…と笑った。
初めて見るような温かな笑顔で。


「……ただいま。」

「ぅ…、うん、おかえり…。」

「何? ビックリした顔して。」

「え…っ、私、してた?
ビックリした顔。」

「うん、してたしてた。目がまん丸。」

「そ、それは亮太くんでしょ?」

「えー、咲ちゃんだって。
それに何、赤くなってる。なんで?」


私が思わず見惚れちゃった事分かってて
そんな風に言うんだから。
だから私もイジワルじゃ無いけど、
ちょっとだけ趣旨返しのつもりで


「だって、亮太くんだって驚いた顔して
それなのに、すっごく優しい顔で
笑うから…っ」


って言ったの。
きっと、亮太くんの事だから、いつも
みたく平然と「そうだっけ?」なんて、
はぐらかすんだろうなぁって思って。

それなのに。

亮太くんは、顔をクシャッとして。

それは、泣きそうな顔にも、また、
笑った顔のようでもあって。


「亮太くん…っ?」


ドキッとして、思わず彼に抱き付いた。
本当は抱き締めて、小さい子にする様に
ギュッてしたいんだけど、亮太くんの
背は、ギュッと抱き寄せるには…私には
高過ぎて。

抱きつくしか出来なかった。


「咲ちゃん…」


何処か途方にくれたような、小さな子
みたいな亮太くんの声。


「咲ちゃん…」

「…うん?」


まるで大事なものだと言うように
呼ばれる私の名前。

私は胸がギュッとなってしまって。


「咲ちゃん」

「はい。」


ギュ…ッ。
胸の音よりもずっと強くしっかりと
彼を抱く。


「咲ちゃん、…好きだ。」


突然の亮太くんの告白。

今日は亮太くんの誕生日だから私が彼を
喜ばせたいのに。

ううん、喜ばせようとかっていうよりも
心から溢れ出た、そんな真摯な声だった

普段あまり弱音を吐かない亮太くんの
吐露みたいに。

この感覚は知っている。
そう、去年もパンケーキを食べた時の
亮太くんはこんな感じで。

心を震わせ、涙を流して。

普段強い亮太くんの、繊細な一面。
それがこの日、お誕生日には気が緩んで
出てしまうのか…小さな子みたいで…
ほっとけなくて。

去年も思ったけど、去年よりももっと
胸がギュッとなって、私は唯ただ、
亮太くんを抱き締めるのだった。



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