Event 1

□臥薪嘗胆
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「…ふぅ……」

「ちょっとぉー、大丈夫?」


移動の車内に落ち着くなり漏れた、
我慢強い咲ちゃんの溜息。
同じく後部座席に座って、メイク直しの
スタンバイをしていたアタシは思わず
顔を曇らせ、彼女を覗き込む。


「あ、違うのモモちゃん。
…ちょっと帯がキツくて…。」

「えっ?! アタシ締め過ぎた?」

「ううん、モモちゃんじゃないの。
さっきこのお着物に着せ替えてくれた
スタイリストさんの力が強くて…」

「えっ、何でその場で言わないの!
それじゃあ本番中も辛かったでしょうに
…って、今少し緩めちゃうわね?
あ…ホントきっつい。もうっ、やっぱり
アタシが替えてあげるべきだったわ!」

「しょうがないよ、モモちゃん。
急な変更だったんだもの…。」


そう、正月特番の生放送に出突っ張りの
咲ちゃんは今日も次々に移動して
彼方此方の番組に向かう。

お正月だからお着物なのは仕方ないと
して、かと言って出突っ張りだから常に
同じ着物という訳にもいかない。

だから中の襦袢はそのままに上の振袖
だけはその番組のスタイリストが準備
した物に着替えてる。
…なんだけど。さっきの番組で共演した
演歌歌手。咲ちゃんより少し先輩
だからって「(着物の)色が被った!」
なんてクレーム付けてきてさ。

…ううん、そんなのは正直よくある事
なんだけど、出番直前でそんな事言われ
たもんだから咲ちゃんは舞台袖の
皆が見てる前で、大急ぎで他の着物に
変える事になっちゃって。
スタイリストが慌てて持ってきた他の
着物を着せてる間にアタシは彼女の髪の
飾りやメイクの色味を直してて。
…まさかスタイリストと結託しての
嫌がらせだとは思いたくないけど、この
結び目の固さったら!


「…大丈夫か。」


車の後部座席なんて力の入り難い体勢で
悪戦苦闘してたら運転席の徹平ちゃんが
不安そうに声を掛けてきた。

あらやだ、そんなに心配?

ほんっと、咲ちゃんにメロメロ
なんだから。

…何だかそんな事思ったらウキウキして
来ちゃって、エイヤッて力任せに帯締め
解いちゃった。そこからは魔法のモモが
一気にシュルシュルと締め直して。
まぁ、座ったまんまだから本当に全部
結び直す訳にはいかないんだけど。


「ふは…っ、モモちゃんありがとう〜」

「いえいえ、どういたしまして。
ホントにもう、次からこんな事あったら
スグ言うのよ?」

「うん…。」


咲ちゃんはその可愛らしい見目と
才能と気立てのお蔭であっという間に
時代の寵児にのし上がったけど、その為
この子の気質とは関係の無い恨みなんて
買っちゃってて…実はこんな理不尽な
嫌がらせはしょっちゅう。

でも彼女は過保護なマネージャーであり
心配性な彼女溺愛の恋人でもある彼、
徹平ちゃんに心配掛けたくないとその
殆どを隠してる。

中には隠せないような悪質なものや
(嫌がらせって時点で悪質なんだけど)
身の危険を感じる事に関しては絶対に
報告するようには言ってるんだけど。

…まぁ、目敏く噂の早いアタシがまず
気付かないなんて無くて、彼女がいくら
隠したって暴いちゃってんだけどね。

だから、実は徹平ちゃんにはツーツー。
事細かに報告してるから。
だって、どんな嫌がらせだって何がどう
なってエスカレートするか分かったもん
じゃ無いじゃない?
可愛い咲ちゃんにそんなの、
徹平ちゃんで無くたって許せない。

だから、守りを完璧にする為にも心配性
で、尚且つ咲ちゃんLOVE!な
徹平ちゃんには頑張って貰わないと。

…それにお姫様を本気で守って幸せに
すんのは例え冴えなくても王子様にしか
出来ないんだから。
ナイトは精々お二人の幸せの為、雑魚の
処理する位しか出来ないのよ?
なんて。

一端のナイト気取りでそんな事言ってた
アタシがまさか咲ちゃんを不安に
突き落とすなんて思わなかったけどさ。


…だって、仕方ないじゃない。

まさか徹平ちゃんにあんな事が起こる
なんて思って無かったんだから。



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