Event 1

□キラキラキラA
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【 キラキラキラA 】


それはちょっとした記事から始まった
トンデモナイ噂、の筈だった。

でも瓢箪から駒。
まさかの嘘から出た実(まこと)。
私と神堂さんはお付き合いを始めて。

あの日、遅れて来た山田さんはいつもは
クールに崩す事の無い表情を分かり易く
呆然とさせた。切れ上った目を見開き、
一瞬言葉を失い私たちを見る山田さん。

それと、ミキサー室から出て来た私達を
見た瞬間の、当時のボディガードの
澤田さんの表情は未だに忘れられない。





「…なっ?! 何が……っ」


ミキサー室の前の廊下の長椅子に姿勢も
良く腰掛けて居た澤田さん。
この後の予定のチェックでもされていた
のか、もう此処に居る皆さんに男性だと
暴露ているのに、女性物のパンツスーツ
姿でキッチリと揃えられた両膝の上には
手帳が広げられていて。

その中身は文字を確認出来る前に素早く
閉じられたけど、そんな素早さとは全く
別の、明らかに動揺した感じの表情で。


――え…?

えっ、あ…っもしかしてキ…キスされた
って分かっちゃった…っ?!
そそそんなの、わかっちゃうものなの?

そんな澤田さんを見て、初めてのキスを
交わしたばかりの物慣れない私はもう、
明らかに挙動不審。

そんな私に寄り添い、背中に添えられて
いた神堂さんの手がそっと腰に周り、
私をグッと引き寄せる。


「へぁ…っ?! 」

「…澤田さん、ステージから降りたら
どうしても彼女の活動の場は俺が関知
出来ない程広く、俺では彼女を守り切る
事は困難だ。…ですからどうか宜しく
お願いします。」


まるで、保護者か何かのように私を腕に
抱き、私の事で頭を下げる神堂さん。

私もつられて一緒に頭を下げ、あれっと
思うも、神堂さんだけに頭を下げさせて
いるのも躊躇われ。


「…何を貴女まで頭を下げてるんです。
神堂さん、私の任務は彼女を守る事です
から態々貴方がそんな事をされる必要は
全くありません。」


私がその声に顔を上げた時にはもう、
いつもの澤田さんで。漫画なら『冷静』
と横に太文字で書かれそうな様子。
だけど…その、何と言うか…いつもより
空気が硬い、ような…。
私はその雰囲気に呑まれアワアワ。


「ぅあ、あの、だって…」

「俺の大切な女性ですから、きちんと
ご挨拶をさせて頂いた迄です。」

「貴方のご事情は私の任務には一切関係
ございません。私は私の仕事として、
彼女を警護します。」


完全に動揺し切ってる私と、すっかり
冷静な澤田さん、そしてその全てを
見通して居そうな透明な瞳で澤田さんを
正面から見据える神堂さん。

な…何、この空気……?


何だか真冬の静電気みたいにピリピリと
した感じがこの場を包んでる。
湿度も高い真夏なのに。

気密性の高いJADEスタジオだから廊下
であっても外よりは全然涼しいけど。



「あ…あの…」




「遅れてすまない。」


そんな私たちの元に、廊下を早足で
向かって来たのは山田さん。

そしてやっぱり、山田さんも…その場で
立ち竦む、私と神堂さんと澤田さんの
様子を見て何かを察した様だった。


「………何が有ったんですか。」


鋭過ぎる険のある言葉尻に、思わず
息を飲み、怯んでしまう。


「え、あ、あの…っ」

「――彼女と、…咲と唯の噂では
無く、付き合いをさせて頂きたい。」


だけど、神堂さんはやっぱり神堂さんで
そんな言葉尻だけで無く、険しい表情に
なった山田さんに正面から向き合って
言い切ってしまった。


「な…っ?! 」

「神堂さん…っ?! 」


アワアワと神堂さんを止めようとする
私を…神堂さんは更に抱き寄せ、私の
目を見つめて柔らかく微笑んでから再び
山田さんと澤田さんを見渡した。


「彼女を守るのは俺でありたい、そう
思いました。また、そうするには彼女の
全てを手にしたいと」
「そんな事が許せる筈が無いだろう!」


静かな神堂さんの声とは対照的に、
珍しくも激昂した山田さんの声が廊下に
響き渡る。思わずビクッと肩を竦めて
しまった私を庇うように、神堂さんは
更に深く私を抱き込んだ。


「…それはマネージャーとしての見解か
…或いは男としてか。」


――え…?


「な…にを…っ」

「…彼女という歌手も二人とは居ないが
彼女という女性は俺にとって唯一無二、
そう実感した。彼女を守る為なら俺も
手段を選ばない。その為にも先ずはこの
関係を認めて欲しい。」


そう言って、今度は山田さんに深く頭を
下げてしまう。


「や、やだっ、しっ神堂さんっ、
頭を上げて下さい…っ!」


廊下の奥、JADEスタジオの廊下の奥に
あるミキサー室の前でそんな騒ぎなんて
メンバーさんが気づかない筈も無く。


「うっわー、何の騒ぎ?」

「っ、春?! 」

「え、何で春サマが頭下げてんの?
や……まさかミキサー室で咲ちゃん
襲っちゃった?」

「馬鹿っ、冗談言ってる場合か!」

「えー? 別に冗談じゃ…」

「尚更悪いわ。見てみろよ山田さん。
憤怒の表情だぞ、こりゃ。」



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